夜明けへ向かって
奇才ギッティも制作に名を連ねたQ御大のモノローグから繋がる“Out Of Time”が亜蘭知子“Midnight Pretenders”(83年)をサンプリングした〈浮遊空間〉なメロウ・チューンであることも国内外のリスナーをざわつかせた。同曲引用のアイデアはロパティンだというが、すでに他の男がいる元カノに対して未練タラタラな気持ちを語るこの歌は、深夜だけ恋人同士のふりができる相手と夜明けには別れなければいけない切ない気持ちを歌った亜蘭の原曲とリリック的に呼応しているようにも思える。そして、曲の終盤ではジム・キャリーが〈ダイアルを変えないで...アルバムの最後までいかがですか?〉と、天国の手前でひと息つくことを勧める。
タイラー・ザ・クリエイターを招いた“Here We Go...Again”も80年代のAORやシティ・ポップに通じるやけに爽やかな曲。〈スーパーボウルをやり遂げた/XOレコーズは凄いぜ/俺の新しい彼女は映画女優〉と、みずからの功績を称えつつアンジェリーナ・ジョリーとの交際を匂わせるような歌詞も前向きに恋をする内容だ。一方で、〈他に好きな男ができたの? そいつに俺のポジションを奪われたくない〉(“Is There Someone Else?”)、〈失恋に耐えられないから俺の心を砕かないで〉(“Don't Break My Heart”)などと、心配性で弱気な主人公の心情を現行R&Bマナーの曲に乗せて歌ってもいる。〈俺はこれからもゼロ以下の人間だ...だから君から離れる〉と歌いながらも明るくポップな“Less Than Zero”は暗闇の向こうから陽光が差し込んでくるようなアップで、どこか吹っ切れている。これを受けて、アルバム本編ラストの“Phantom Regret”でジム・キャリーは言う。〈天国に行けるのは後悔を手放した人だけ。それを抱えているうちは煉獄で待て〉と。
現在Amazon Primeで配信中の「The Weeknd x The Dawn FM Experience」は本作の映像編とも言えるシアトリカルなライヴ・パフォーマンスで、アルバムのコンセプトがより明確に伝わってくる。そして、このストーリーには何か続きがあるような気にもさせる。アフターアワーズを経て夜明けを迎えたその後は? 初期のミックステープ3部作さながらにトリロジーを完成させるという本人の予告に期待を抱きつつ、チューニングは103.5 Dawn FMのままにしておきたい。 *林 剛
ウィークエンドのオリジナル・アルバム。
左から、2013年作『Kiss Land』、2015年作『Beauty Behind The Madness』、2016年作『Starboy』、2020年作『After Hours』(すべてXO/Republic)
左から、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの2020年作『Magic Oneohtrix Point Never』(Warp)、リル・ウェインの2020年作『Funeral』(Young Money/Republic)、タイラー・ザ・クリエイターの2021年作『Call Me If You Get Lost』(Columbia)