直感や衝動でとりあえず首を突っ込んで、これと決めたら一気呵成。BIGYUKIの音楽には、キャンバスに絵の具をぶちまけてから細部を描いていくような大胆さと繊細さがある。これまでbounce誌の取材で何度か話を聞くうちに、そんな印象を持った。

アメリカでの生活も20年を超え、現在NYを拠点に、ジャズ、ヒップホップ、R&Bなど、さまざまなフィールドを跨ぐ鍵盤奏者として活躍する様子からは無敵感も漂うが、新型コロナウイルス蔓延に伴うロックダウン下では通常の精神状態を保つことが大変な時期もあったという。とはいえ、昨年12月にはEP『2099』を発表。そして、この10月には4年ぶりとなるフルアルバム『Neon Chapter』をリリースする。

Zoomの画面越しに映る姿も元気そうだ。彼が鍵盤奏者として参加したカマシ・ワシントンの〈Afropunk〉フェス公演(2019年8月。NYブルックリン会場)を観たことを伝えると、「ちょうどいま〈Afropunk〉フェスのTシャツ着てるよ!」と。ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」の挿入歌“All The Same”にグレッチェン・パーラトとともに参加した話なども訊きつつ、まずはロックダウン中のNYでどう過ごしていたか、そこからインタビューを進めた。

※このインタビューは2021年10月25日(月)に発行される「bounce vol.455」に掲載されるものの完全版です

BIGYUKI 『Neon Chapter』 Verve/ユニバーサル(2021)

 

コロナ禍とアジアンヘイトで鬱積した感情

――以前、ブルックリンのベッドフォード・スタイベサントに住んでいると仰っていましたが、いまもそこで?

「実は去年の秋にマンハッタンのワシントン・ハイツに引っ越しまして。ハーレムより北の155丁目以北の地域で(今年公開されたミュージカル映画『イン・ザ・ハイツ』の舞台でもある)ドミニカ移民のコミュニティも近くにある。これまでの生活圏とは環境も変わったけど、コロナ禍で家にいたので……。

夏や秋は本当にやることがなくて、バーベキューのセットを買って、ハドソン川沿いにある凄く景色がいい公園でバーベキューしまくってました。以前、ジャマイカに旅行した時にジャークチキンのメチャ美味い店があって、そこで買ったジャークソースをチキンとかシュリンプ(エビ)に漬けてグリルしたりして。コロナで家の中に友人を入れるのは怖いので、外で過ごして精神衛生を保ってましたね」

――コロナ禍のNYでは日本人ミュージシャンが暴漢に襲われるなど、アジアンヘイトに起因すると思われる事件もありましたが。

「俺は幸運なことになかったけど……9.11の時も、ムスリムの人たちに勝手に敵意を抱いていたようなことを覚えているし、人間は不安になると捌け口を求めてしまう。今回のコロナでは、アジア発祥の病気だっていうような認識から怒りの対象がアジア人に向いたんだなと。

実際に普段からアジア人のことを面白くないと思っている人間はいて、アメリカの移民の中でアジア人が白人と同じような特権的な地位にいると見られているフシもある。だから、マイノリティ同士のいがみ合いというか、そうした感情が今回、形になって出てきたんじゃないかと思いますね」

――そうしたことを曲に反映しようなどとは考えなかった?

「いや、曲どうこう以前に生活の問題だから。怒りというよりは、ひたすら悲しいし、身を護らなきゃダメだし。ブラック・ライヴズ・マターでもアメリカの歪な部分が表に出て、それに対するリアクションがいろいろと出てくる中で、新しいバランスをみんなで模索して均衡を保とうとしている時にアジアンヘイトが起きた。

アジア人全員に嫌悪感を持っているわけじゃないのに、そのカテゴリー(人種)で全部を一緒にして雑に括ってしまうことで相手を人間として見なくなる、データとして見るような感じが怖いなと。差別されている側も相手(特定の人種)を〈差別する側〉ってカテゴリーに入れてしまう。そうなると、そこで対話が止まっちゃうからね。

でも正直、どうすることもできない。この鬱積した感情は一過性のものだと思っていたけど……」