1990年代から2000年代のNYのオルタナティヴ・ミュージック ・シーンに重要な役割を果たしたレコード店〈アザー・ミュージック〉21年の歴史を辿る
ニューヨークの タワーレコードがあった真向かいに〈アザー・ミュージック〉というタワーなどには置いていないメジャーではない〈他の音楽〉を専門としていたレコード店が1995年から2016年まで営業していた。このドキュメンタリー映画は、〈アザー・ミュージック〉がニューヨークの文化にとっていかに重要な存在だったことを語っている。
僕にとって1990年代から2000年代の音楽シーンには1960年代から1970年代を思い起こさせるところがあった。この映画を見ると、〈アザー・ミュージック〉が1990年代の実験的な要素の影響を様々な音楽ジャンルにどのように与えたかが見えてくる。日本のバンドもいくつも紹介している。映画には小山田圭吾のインタヴュー映像や、馬頭將噐のゴーストのライヴ・クリップも出てくる。ゆらゆら帝国の坂本慎太郎のソロ・アルバムがアザー・ミュージックで販売されている様子や、モグワイ、ヴァンパイア・ウィークエンド、セイント・ヴィンセント、アニマル・コレクティヴなどのインストア・ライヴのショート・クリップなど、貴重な映像も見ることができる。
監督は〈アザー・ミュージック〉で3年間働いていたロブ・ハッチ=ミラーと、常連客であったプロマ・バスー。お二人は夫婦であり、二人でドキュメンタリー映画やミュージック・ビデオの監督をやっている。お二人にお話を伺うことができた。
ロブ・ハッチ=ミラー「僕はニューヨーク大学に行くためにニューヨークに来ていました。入学した最初の週にタワーレコードに行ったら、迎い側にこの店があって、ふらふらと入ってみました。タワーレコードの真正面にあったということが〈アザー・ミュージック〉に訪ねるきっかけになったわけです。〈アザー・ミュージック〉とタワーは一時期共生関係にあったんです。タワーレコードの近くに戦略的に出店したのです。タワーは、ジャズ、クラシック、ポップスと、まるで図書館のようでしたが、もちろん、見つかるものには格差がありました。90年代にシュトックハウゼンとクラフトワークが隣同士のコーナーで見つけることはできませんでした。タワーにない音楽を戦略的に扱っていましたので、観光でNYに来た人たちがまずタワーを訪ねてから、メジャーではないもっと特別な音楽を探すなら迎い側の〈アザー・ミュージック〉に行くようになっていました」
――そして〈アザー・ミュージック〉で働くことになったのですね?
ロブ「2002年から2005年まで〈アザー・ミュージック〉で働きましたが、私の人生の中でも最高の年月でした」
――映画に出てくる〈アザー・ミュージック〉のお店の壁にはドイツ・ロックのノイ、ポポル・ヴーやカンが飾られていますね。僕にとっては懐かしい1970年代に買っていた実験的なロックのアーティスト達です。若いお客さんの多くは、まずこの店で60年代や70年代の実験的な音楽をやっていたアーティスト達を知り、後に彼らが影響を受けて90年代の実験音楽シーンを作り上げたのでしょうか?
ロブ「その通りです。オーナー達のクリス・ヴァンダルーとジョシュ・マデルは、当時他のNYの店では置いていなかったような音楽を扱っていたんです。日本やフランスから初めてCDで再発されて、アメリカではまだ発売されていないような音楽がたくさんあったのです。そうした音楽を求めている人々がいることに気がついて、彼らは自分達の店を開きました。ニューヨーカーにそうした音楽を再び紹介することができたのです。そして、その影響を受けたお客さんが自分たちのバンドを立ち上げ、最初はカセットテープや7インチ、CDRなどを焼いて委託販売をしていました。お店の人はそれを聴いて〈20枚ならいいよ〉と答えたりします。そして誰かが〈新しいバンド、インターポール、ジョイ・ディヴィジョンみたいなサウンド、チェックしてね〉と小さなカードを書きます。そのように始めたアーティストが何百人もいました。中には、お客さんから始まって、〈アザー・ミュージック〉で音楽を売り始めて、今日まで続く大キャリアとなった人もいます」
プロマ「撮影中、14~15歳の子供たちがカンのレコードを片っ端から買いに来るのを見たのは驚きました」
――そうですか。僕が14歳の時、WNEW-FMでカンはよくかかっていて、当時のイースト・ヴィレッジのレコード店に買いに行ったのを覚えていますが、それは70年代の話です。9.11のすぐ後にNYにあれだけの音楽シーンが始まっていたことに、この映画を見て初めて気づきました。
プロマ「街はとても悪いことを経験したことで、スポットライトを浴びました。その時、1990年代から存在していたたくさんのバンドが突然注目されるようになりました。観光で震災を見に来た人たちが興味を持ち出したのです。私たちNYに住んでいる者は、それらのバンドがこんなに人気が出るとは思ってもいませんでした。NYのベストの時期は70年代と80年代で、90年代以後は何もすごいことは起こっていないと思っていました」
――ロブはちょうど2002年から2005年というポスト9.11の時代に〈アザー・ミュージック〉で働いていたのですね?
ロブ「僕が最初お店で働き始めた時はヨ・ラ・テンゴやソニック・ユース、そして70年代、80年代と90年代の音楽に興味を持つ20歳の若者でした。〈アザー・ミュージック〉では、毎日違うスタッフが1日店内の音楽を担当するのですが、どのスタッフも得意分野の音楽が違っていて、重複が少なかったのです。ソウル、レゲエ、ジャズ・アヴァンギャルド、シンガー・ソングライター、ディスコ、ハウスミュージック、ラップサイケデリック、など毎日違う人のテイストを聴くことができます。そこで初めて聴いたアーティストをたくさん覚えていくのです。それは完璧な音楽教育でした。今日、私たちは音楽をストリーミングで聴いていたり、ネットで買ったり、またアナログ盤も買うようになりました。インターネットは音楽を民主化しています。誰にでもアクセスできる。それは物事を平準化します。ただ一つ欠けているのは、人と人が直接触れ合うことによって思いがけないことを発見する、ということです。アルゴリズムは、すでに持っているものをより多く提供するように設計されているから、それができないのです。レコメンドできるスタッフがいるレコード店のマジック(魔法)は、自分が欲しいと思っていなかったもの、何も知らなかったものを紹介してくれることです」
――映画の中でも触れられていますが、MP3の販売はそれほど成功しませんでしたね。
ロブ「〈アザー・ミュージック〉が目指したことをBandcampがほぼ実現したと思います。しかし、Bandcampはユーザー生成型の体験であって、〈アザー・ミュージック〉はキュレーター主導型のプラットフォームだったと思っています」
――オーナー達は音楽の未来をどう見ているのでしょうか?
ロブ「彼らが店を閉めた理由のひとつは、音楽が違う方向に進んでいることを悟ったからです。この店が、かつてのような役割を果たせなくなったことが分かったのです。高価なアナログ盤の再発盤を売ることはできても、それにはもう発見がなく、アザー・ミュージックは消えていくよりも、その頂点である時に店を閉めたかったのです。ジョシュはまだ音楽業界で働いています。彼は音楽配信の仕事をしています。彼は、音楽は今でもかつてと変わらずエキサイティングなものだと信じているんだと思います。彼は、中間業者を通さずに音楽を配信しています」
この映画は、特別な時代を祝福するものであることを意図しています。しかし、後ろ向きのものではなく、ここにあった音楽のコミュニティを祝福している映画なのです。
寄稿者プロフィール
AYUO(あゆを)
NYのヴィレッジ育ちの英語作詩家・音楽家。ソニー、JVC、MIDI、Tzadikなどでソロ・アルバムを発表。近状では2023年までにBandcampでロック、クラシック、実験音楽、アンビエントなど1枚ずつジャンル別のアルバムを30枚発表する。
https://ayuo.bandcamp.com/
MOVIE INFORMATION
映画「アザー・ミュージック」
監督・製作:プロマ・バスー、ロブ・ハッチ=ミラー
編集:グレッグ・キング、エイミー・スコット
撮影:ロブ・ハッチ=ミラー、プロマ・パスー、マイク・ロセッティ
アニメーション:マルコム・リズート、スペンサー・ガリソン
音楽監督:ドーン・サッター・マデル/アゴラフォン
音楽監修:ティファニー・アンダース
プロデューサー:デレク・イップ、エメット・ジェームズ
出演:マーティン・ゴア(デペッシュ・モード)/ジェイソン・シュワルツマン/ベニチオ・デル・トロ/トゥンデ・アデビンベ(TVオン・ザ・レディオ)/エズラ・クーニグ/マット・バーニンガー(ザ・ナショナル)/レジーナ・スペクター/JDサムソン(ル・ディグラ)/ディーン・ウェアハム(ギャラクシー500)/小山田圭吾(コーネリアス)/マーク・マコーン(スーパーチャンク)/ウィリアム・バシンスキー、アニマル・コレクティヴ、クリス・ヴァンダルー、ジョシュ・マデル
[ライブ出演]ニュートラル・ミルク・ホテル/ヴァンパイア・ウィークエンド/ヨ・ラ・テンゴ/オノ・ヨーコ/シャロン・ヴァン・エッテン/ゲイリー・ウィルソン/フランキー・コスモス/ビル・キャラハン/ビーンズ(アンチポップ・コンソーティアム)/ザ・ラプチャー/ジ・アップルズ・イン・ステレオ/馬頭將器(ゴースト)
日本語字幕:高橋文子
字幕監修:松永良平
配給:グッチーズ・フリースクール
(2019年|アメリカ|85分)
2022年9月10日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国にて公開!