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夢を見る、理想を思い描くことを取り戻す

――ずっと寺尾さんに訊きたかったことがあって。他者への眼差しを踏み込んで歌にすることへの逡巡ってないんですか? 例えば“アジアの汗”“家なき人”などは日雇い労働者や路上生活者について、“私は知らない”では原発作業員について歌っていますが、寺尾さんは当事者ではない。そこに葛藤はあるのかな、と思ったんです。

「なかった。なかったですね。……偉そうなのかな(笑)」

2010年のEP『放送禁止歌』収録曲“アジアの汗”

――いや、長い時間をかけて、そういう人々からじっくりと話を訊いて、著作なども書かれている寺尾さんの作品を〈偉そう〉だと感じたことは全くないです。

「単に自分の中から出てくるんですよね。そんなに考えて歌詞を書いたりする方じゃないんです。だから、ただ伝えたいなとか誰かと共有したいなっていう気持ち。〈こうじゃない?〉ってみんなと話し合いたい気持ちはいつもあるかな」

――なるほど。楽曲で、話し合うきっかけとしての視点を提示する感覚。

「『天使日記』でも引用したんですが、(ルドルフ・)シュタイナー(19~20世紀に活動したドイツの神秘哲学者・教育者・建築家)も〈理想が消えかけている〉って言ってるんですね。近代化以降、夢見るとか、理想を描くっていうことが稀有になってきている、と。彼は〈それを取り戻さなきゃいけない〉って書いてるんです。シュタイナーの生きた時代から100年ぐらい経ちましたけど、彼の時代でそうだったんだから、今はなおさらですよね」

――今の自分の実感からすると、明るい未来やよりよい社会って想像しにくくて。毎日を生きるのに必死だから、理想を考えること自体、億劫になっちゃうんですよね。どうせ良いことないし……みたいな。

「個人の人生で考えると、なんていうか、それこそ答えが出なくて行き詰まる感じがあるんですけど、もう少し大きなものについて考えたいってことなんです。しんどい人が少しでも減っていく社会がどうやったら実現できるのか、そういう夢ですね。でも、確かにみんな〈夢〉ってどんなふうに思い描いてるんでしょうね?」

――個人の総体が社会だって考えると、それぞれの思い描く夢や理想が未来だと言えると思うんですが、僕の実感としてはそれが明るいものだとは思えないんです。人生相談みたいになっちゃって恐縮ですが。

「つまり自分が動いても何もならないだろうって思ってるから、夢を見られないわけですよね。その無力感や孤独感、いわば閉じている状態の人たちと繋がりたいっていう思いがあるのかもしれないです。余計なお世話かもですが」

――〈余計なお世話〉って良い言葉ですね。拒絶されたり、差し出がましいと思っても、手を差し伸べずにはいられない。〈余計なお世話〉がない社会はあまりにも辛いし、キツすぎる。

「それだと世の中、ただの地獄ですよね。言い換えると、社会のあちこちで起きている問題を〈個人の問題でしょ〉って言って、誰も何もしなかったらどうなるんだ、って話で。〈何とかしなきゃ〉って声なき人の声を聞いて動く人がいるから、物事は動き出す。社会問題に関して、自分は例えば、NPOの最前線で働いている人たちとかに比べたら全然動けてはいないけど、意識の上では共鳴しているつもりでいます。自分はそれを音楽でやってるのかな」

 

作品を手放し自分以外の要素を入れる〈余白〉

――『余白のメロディ』は10作目ですね。キャリアをこの機会に総括する意味も込められているのかなと思ったのですが、いかがですか? 大学時代からやっていたバンド、Thousands Birdies’ Legsの曲“ニセアカシアの木の下で”や、初のワンマンライブで演奏した“Glory Hallelujah”も収録されていますが。

「正直なところ〈10周年だから〉みたいな意図は無いんですよ(笑)。そう受け取られるのは、面白いなと思います。“ニセアカシアの木の下で”を作った時の私と今の私は、経験している物事もものの見え方も違っているので。過去の自分と今の自分が作品の中で自然と響き合ってるんだとしたら、面白い」

――なるほど。

「ただ活動を始めてから、今年で15周年なんですね。11月にはMIDI時代のLPボックス(『寺尾紗穂 EARLY YEARS LP BOX 2006-2012』)も出るんですよ。区切りといえば区切りなので、結果的にこれまでの歩みの中で転換点になった曲を入れてもいいかな、と思ったんですね」

――じゃあ、気合を入れて集大成を作るぞ、みたいな気持ちではなく、これまでのように日々のバイオリズムの中で出来上がった曲をまとめて出したと。

「そうそう。私にとって、曲を作ることって日記を書くみたいなものなので。インタビューで話すこととかも正直、後から意味を考えているところが多くて(笑)」

――そうなんですね(笑)。

「このアルバムが今までと大きく違うのは、他の人に関わってもらった曲が多く入っているところですね。今までは自分のオリジナルを揃えて、アルバムとしてまとめることを長くやっていたんですけど、だんだん曲が出来るペースも空くようになって。だから、大事にしてきたカバーや共作の収録が増えたのは、そういうタイミングだったからなのかな」

――『余白のメロディ』というタイトルの意味は?

「そのものズバリっていう答えはなくて。ぼんやりしてるんですが、さっき言ったように自分以外の要素を入れて成立させていくことが〈余白〉というか。そうすることは作品を少し自分の手から放すことだと思うんですよね。〈これが自分なんだ〉と、訴えたいわけではなくて。他の人に参加してもらったり、カバーを入れることによって、風通しを良くしたかったんですね」