今世界で最も注目される〈サロメ歌い〉をはじめ旬の歌手たちが名匠ノットのもとに集結!
ゴージャスなサウンドに酔いしれる!

 サロメは、世紀末のミューズである。

 母のヘロデアに操られて、踊りの褒美に〈洗礼者ヨハネ〉の首を所望した新約聖書の名もなき少女は、いつしかサロメという名を与えられ、宗教を超えて絵画や文学の題材になった。サロメが決定的なヒロインに躍り出るのは、「出現」をはじめとする一連のモローの絵画。宙に浮いた首を驚愕の面持ちで指差す半裸の美女のなまめかしくも幻想的な姿はヨーロッパを震撼させ、ワイルドの戯曲「サロメ」の引き金となった。ワイルドは、母の操り人形ではなく、ヨハネに惹かれ、彼に接吻するために自らその首を望む運命の女(=ファム・ファタル)サロメを造形する。ビアズリーのエキゾチックな挿絵に飾られたワイルドの戯曲もまたヨーロッパに衝撃を与え、そのドイツ初演を見たリヒャルト・シュトラウスは〈この劇は音楽を求めている〉と天啓を受け、作曲を決意した。それまで作曲した2作のオペラで芽が出なかったシュトラウスにとって、「サロメ」は3度目の正直となった。戯曲のドイツ語訳をほぼそのままテクストにし、大胆な不協和音や冒険的なオーケストレーションで彩ったオペラ「サロメ」はセンセーショナルな成功を収め、ヨーロッパを駆け巡る。聖書の物語をオペラの舞台に載せることはタブーだったのに。それも、聖人に性的な欲望を抱き、彼を殺させてしまう少女の物語なのに。いやだからこそ、世界は熱狂したのだ。シュトラウスの「サロメ」は、世紀末の不安感と焦燥感を物語と音楽で体現した。

 重厚にして濃密な一方で、ワーグナーと違って短く、集中力と瞬発力が要求される「サロメ」の音楽を最初から最後まで弛緩せずに聴かせるのはたやすいことではない。だがドイツの名門フランクフルト歌劇場のカペルマイスターを長年務め、モーツァルトのオペラから20世紀の大作オペラまで手中にしているジョナサン・ノットと東京交響楽団のゴールデン・コンビなら間違いない。達人ノットの腕にかかれば、シュトラウスの精緻なスコアが驚くほどクリアに聴こえてくるはずだ。

 そして今回注目したいのが、サロメを歌うラトビアのソプラノ、アスミク・グリゴリアンである。2010 年代から国際舞台に躍り出てきたグリゴリアンが決定的な成功を収めたのが、2018年にザルツブルク音楽祭で歌った「サロメ」だった。そのフィーバーぶりは、2005年にザルツブルク音楽祭で「椿姫」を歌って大ブレイクしたアンナ・ネトレプコを思わせたと言っても過言ではない。強い声なのに柔らかい。永遠に声が続くかと思われるスタミナがあるのに、繊細でまろやか。レガートも滑らかで美しい。そして声にも演技にもフレッシュな少女らしさがあるのだ。サロメは少女の役だから、本来はそれにふさわしい声と佇まいが欲しいところなのだが、なにしろシュトラウスの大オーケストラと渡り合わなければならないので、ワーグナーを得意とする大柄なドラマティック・ソプラノが歌うことが少なくない。グリゴリアンは、まさに待ち望まれたサロメだった。世界が熱狂したのももっともである。そのグリゴリアンのサロメが東京で聴けるのだ。オペラファンならずとも、駆けつけるべきではあるまいか。

 他のキャストも粒揃い。サロメに熱愛されるヨカナーン(ヨハネ)に、ワーグナーやシトラウスの重量級のオペラで、とりわけ悪役など個性的な役に真髄を発揮するアイスランドのバスバリトン、トマス・トマソン。サロメに踊りを所望するヘロデに、ワーグナーの性格的なテノールとして引っ張りだこのミヒャエル・ヴィニウス。サロメの母ヘロディアスに、ワーグナーやシュトラウスを得意とするドラマティック・メゾのターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー。主役級のソリスト全員が幅広いレパートリーの中心にワーグナーやシュトラウスをすえ、世界の第一線で活躍するスペシャリストなのだ。さすがオペラの現場を知り、歌手を知り尽くしたノットのセレクションである。サロメに憧れるものの彼女の狂態に絶望して自死するナラボートに、日本を代表するリリック・テノールの鈴木准が配されているのも嬉しい。

 イギリスの名歌手サー・トーマス・アレンが舞台の演出を監修するのもポイントだ。アレンといえば、以前ノットがハンマークラヴィーアを弾きながら指揮した「コジ・ファン・トウッテ」(2016年)で、自らドン・アルフォンソ役を歌いながら舞台を監修。演奏会形式の簡素な舞台がいきいきと躍動的になり、歌手たちの一挙一動が目の離せないものになったことは記憶に新しい。「サロメ」はアレンのレパートリーではないが、重要な活躍の場だったロイヤルオペラの十八番の一つでもあり、作品や舞台は知り尽くしているはず。ミニマルな「コジ」と対照的な大編成の「サロメ」を、どう見せてくれるだろうか。「コジ」で息のあったところを見せたノットとのコラボレーションも、大いに楽しみである。

 


LIVE INFORMATION
ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団
R.シュトラウス:歌劇「サロメ」全1幕

2022年11月18日(金)神奈川 ミューザ川崎シンフォニーホール
開場/開演:18:00/19:00(20:40終演予定) ※途中休憩はありません

■出演
指揮:ジョナサン・ノット
演出監修:サー・トーマス・アレン
サロメ:アスミク・グリゴリアン
ヘロディアス:ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー
ヘロデ:ミカエル・ヴェイニウス
ヨカナーン:トマス・トマソン
ナラボート :鈴木准
ヘロディアスの小姓: 杉山由紀
兵士1:髙崎翔平
兵士2: 狩野賢一
ナザレ人1:大川博
ナザレ人2:岸浪愛学
カッパドキア人:髙田智士
ユダヤ人1:升島唯博
ユダヤ人2:吉田連
ユダヤ人3:高柳圭
ユダヤ人4:糸賀修平
ユダヤ人5:松井永太郎
奴隷:渡邊仁美
管弦楽:東京交響楽団

■曲目
R.シュトラウス:歌劇「サロメ」全1幕(演奏会形式・ドイツ語上演・字幕付)