過酷な時代、音楽はさらに輝きを増す
前述したように2019年のツアー経験もあって確固たる信頼感で成り立つストレイ・バンドが、大半の曲を演奏している。そのアンサンブルの豊かさは言わずもがなだが、“ソウルフードを君と”と“Dogs & Bread”の2曲は細井徳太郎、石若駿、高橋佑成、瀬尾高志、宮坂遼太郎からなるバンドとの演奏によるもので、それも非常に新鮮だ。
「細井徳太郎くんは前々からよくメールをくれていた年下の友人で、一緒に何かやるんだったらいまだなと思ったので、彼にバンドを編成してもらったんです。瀬尾くん以外は20代。次世代のジャズ・シーンを担う俊英たちですね。みんな素晴らしいプレイヤーで、複雑な構成の“ソウルフードを君と”も一気に録れました」。
ゲスト・ミュージシャンも多岐に亘り、“ドンセイグッバイ”では大比良瑞希とデュエット。ストリングスの入った曲も多数あり、その演奏とアレンジを沢田穣治が担当しているのだが、とりわけ“if you just smile(もし君が微笑んだら)”は旅人がよく歌う“星に願いを”に匹敵するくらいの普遍性を有した美しい曲で、ストリングスの音色に心が浄化される。
「この曲だけは事前のデモ・アレンジをせず、敬愛する沢田穣治さんに丸投げでお願いしようと最初から決めていました。コロナ禍のあいだずっと、穣治さんのガン闘病が気がかりで、とにかく何らかの形で同じ時間を共有させていただきたかったんです。そしたら譲治さんが〈ほかに困っていることはないの?〉と。僕が〈ほかにもストリングスを入れたい曲があるんですが、予算的にいっぱいいっぱいなんです〉と言ったら、〈そんなの気にしないで。旅人くんの曲なら全部やりたい〉って。一生忘れられないですね」。
“『パン屋の倉庫で』”でアルトサックスを吹いているのは毎年旅人と共演ライヴを行なってもいる梅津和時だ。信頼が音に表れている。
「この軽やかさと深みの共存は凄いですよね。使用したのは1テイク目です。最初から完璧でした。とてつもない瞬発力だと思います。梅津さんは今年73歳になられると思うんですけど、人生何があろうと、這いつくばってでも継続していけば、自分にもいつか、いまは聴こえていない深い響きが出せるのかなって思いました」。
這いつくばってでも継続してきたからこそ、この作品ができたのだろうと、そう思う。
「音楽は不思議ですよね。時代がどこまで過酷さを増しても、そのぶんだけまた世界中の音楽が、輝きを増してくるような感じで。今作に込めた想いはいろいろとありますが、まずはポップ・ミュージックによる船旅として、気楽に楽しんでいただけたら嬉しいです」。
七尾旅人の過去作を紹介。
左から、99年作『雨に撃たえば...!disc2』(ソニー)、2002年作『ヘヴンリィ・パンク:アダージョ』、2003年作『ひきがたり・ものがたり vol.1 蜂雀』(共にwonderground)、2007年作『911FANTASIA』(HEARTFAST)、2010年作『billion voices』、2012年作『リトルメロディ』、2016年作『兵士A』、2018年作『Stray Dogs』(すべてfelicity)
七尾旅人が近年に客演した作品を紹介。
左から、imaiの2022年作『MONSTERS』(Evening Tracks)、yuma yamaguchiの2021年作『NotAnArtist』(YUGE inc.)、大比良瑞希の2020年作『IN ANY WAY』(サンバフリー)