Page 2 / 2 1ページ目から読む

前野健太との共作曲を〈高知の田舎〉から〈アメリカの山奥〉に移動させた“ただで太った人生”

――なるほど。あと今回特筆すべき点として“ただで太った人生”は前野健太さんと甫木元さんの共作曲です。前野さんは映画「はだかのゆめ」に出演されていますが、そもそも前野さんにオファーしたのはなぜでしょうか?

甫木元「登場人物はほぼ4人だけなんですけど、全員佇まいが違う人がいいなと思っていて。息子と母は役者さん、一人は僕の本当のおじいちゃん。あと一人はどこからきたのかわからない空気感を持っている人がよかったんですね。なんとなく音楽がやっている人がいいなと考えた時に思い浮かんだのが前野さんでした」

映画「はだかのゆめ」予告編

――甫木元さんから見た前野さんの魅力はなんでしょうか?

甫木元「歌詞で描いている対象との距離感がいいんですよね。街を観察して曲を書くことが多いと仰っていたんですけど、視点が達観し過ぎてないし、押しつけがましくもない。自分もどこかですれ違っていそうな〈そこらへんにいる人〉をちゃんと描けるところが独特で面白いと思います」

――映画では監督と俳優という立場ですが、二人で曲を作ることとなったのはどういう経緯でしたか?

甫木元「お会いしたのは映画の撮影が初めてだったんですが、作中で鼻歌を歌ってほしいなと思っていて、前野さんの曲をいくつか挙げたんです。そしたら前野さんから〈でも意味が先行しない方がいいから、すでにある曲じゃなくて撮影中に作ろうよ〉と言っていただいて作ることになりました。

映画では鼻歌でしたが、このアルバムに収録するにあたっては前野さんと作ったデモを菊池が聴いて、Bialystocksの音楽として新たにアレンジした形です」

『Quicksand』収録曲“ただで太った人生”

――ちなみに甫木元さんが初めに選曲した前野さんの曲は覚えています?

甫木元「いくつか出しましたが、今年発表されたアルバム『ワイチャイ』に収録されていた“戦争が夏でよかった”は入っていたと思います」

――前野さんとはどのようにやりとりをして作っていきましたか?

甫木元「撮影に入るまでにメールで歌詞のアイデアを投げ合っていたんです。

いざ撮影場所の高知に入ってからは、スタッフが泊まっていた寮みたいなところに、食事をする広い場所があったんですが、そこで前野さんと作業しました。近所の魚屋にギターが置いてあったのでそれを借りてきて弾きながら」

――〈ちーぱっぱ〉〈じーぱっぱ〉みたいな言葉選びはやはり、甫木元さんの詞とは違う色合いを感じますね。

甫木元「さすが(笑)。そこは前野さんが出してきたワードです。〈子どもが童謡を歌っている〉みたいなイメージ 。それに今回、菊池がガラッと違うアレンジを加えてくれたので、自分たちのアルバムの中に入っても違和感なく聴けるようになったと思います」

菊池「自分は前野さんとのやりとりには全く関与してなくて、そんないきさつがあったことも知りませんでした。

ただ最初にデモを聴いた時は光るものはあるけど、正直ベランダでただ歌っているような感じで、Bialystocksに合わないなと思っていて(笑)。なので、そんな曲を〈高知の田舎〉から、〈アメリカの山奥〉に移動させるような感じにしましたね」

 

映画「はだかのゆめ」とアルバム『Quicksand』の相乗効果

――映画「はだかのゆめ」との関連性で言えば、“Upon You”には主人公の名前〈ノロ〉や劇中の台詞を思わせる〈ノロマ〉が歌詞に登場します。

菊池「これはある程度曲が出そろった時に、もう少し明るい曲があった方がいいなと思ってかなり終盤に急いで作りました」

『Quicksand』収録曲“Upon You”

甫木元「基本的に菊池が作った曲のデモは菊池が英語で歌っていて、そこに僕が日本語を当てはめていくんです。

でもこの曲は日本語にした時にポップな部分がどうしても濁っちゃうのがもったいなくて。なので菊池に母音と字数まで指定してもらって、パズルみたいに詞を書きました。だから自分も予期しない感じになって、〈ノロマ〉というワードも映画とは全然関係ないところから出てきたつもりでしたが、確かに関連していますね」

――映画とアルバムの関係性について、どの程度意識していたんでしょうか?

甫木元「映画の脚本は4年くらい前から着手していましたし、去年の10月からクランクインして編集して、なんだかんだで映画と音楽の制作はずっと並行してやっていました。だから自分が思っているよりも相互に影響を受けているんでしょうね」

――となると意図的に関連付けはしていないんですね。

甫木元「その時考えていることや、見ている風景は同一人物のものなので自ずと共通してしまうところがありますが、映画と音楽を過度にシンクロさせたり、逆に差別化しようという感覚はないですね。

それぞれで出来ることは違いますし、映画だと役者さんやスタッフの方々と一緒に作ることで変わっていく部分があって、音楽も菊池とやっていく中で新しい発見がある。今回の映画とアルバムはその相乗効果があった気がします」

――その相乗効果についてもう少し具体的に教えてもらうことは出来ますか?

甫木元「この映画は何かをはっきり物語るような作品ではないのですが、大切な人の死を描いています。

でもそこで終わりじゃなくて、新たなスタート地点になっている映画だなと完成した後に思ったんです。死を通して、残された人に少し別の視点が加わっているような……。うまく言葉に出来ないですけど、この映画を通して立ち上ってきたものを歌詞でも描きたいとは思っていましたね」

――映画では“はだかのゆめ”が壮大に流れて終わりますが、アルバムではその後に“雨宿り”があって終わる。この曲がエピローグ的な役割を果たしている気がしました。再び〈明日を望む〉というところまでアルバムでは描かれている。

甫木元「誰かの死を呑み込めるようになってから、その人の新たな人生が始まるような感じですね。

死って悲しくて辛い出来事だし、誰しもが経験することなのに、みんなそんな素振りは見せずに生活しているじゃないですか。傍から見たらその人が誰かの死を経験していることには気づかない。でもきっと何かしら些細な変化はその人に起こっている。そういう変化を捉えたかったんです」

――この何かが過ぎ去ったあとに残るものに対して目を凝らしていく視点は、昨年甫木元さんの個展〈その次の季節〉で発表した、ビキニ水爆から70年経った現在を探求したことや前作『Tide Pool』とも通じていますし、甫木元さんの一貫した作家性なのかもしれませんね。

甫木元「そうですね。全てが繋がっていると思います」

 

窮地でもがき、流砂のような変化を起こしていく

――その中で本作のタイトルを『Quicksand』としたのはどんな意図がありましたか?

甫木元「〈危険な状況〉という重苦しい意味ですが、どうしようもならない窮地に陥ってしまうことは誰にでもあると思います。でもそこから抜け出そうともがいて、少しずつでも変化を起こしていくことが重要で、そんな些細なところを描こうとしている作品だから合うのではないかなと。

あと〈流砂〉という意味もあるので、まるで砂時計みたいにただゆっくり砂が落ちていくくらいの変化をアルバム通して感じてもらいたいとも思っています。『Tide Pool』と同じ自然現象の言葉ですし、その地続きな部分も表れていますね」

――前回のインタビューから何度も出てきている〈地続き〉という言葉ですが、今回映画とアルバムが出来たことで、一旦そのテーマに区切りが付けられるタイミングじゃないかなと思っています。次に甫木元さんはどんなことに興味を持ち、Bialystocksはどんな方向性に目指すのでしょうか?

甫木元「確かに4年くらい考えていた生と死を取り巻く変化みたいなテーマはある程度、区切りをつけられた気がしています。

次は正直まだわからないですね……菊池先生いかがでしょう(笑)?」

菊池「Bialystocksとしては今回の制作は本当に必死で、どうやって進めていくのがいいか、自分のやり方は何がベストなのか、少しだけつかめたような気がしています。だから次からもうちょっと楽しんで作れそうな気がしていて。

自分としては方向を変えるというより、やっと実が成ってきたというか、身になったものがこれから出せるんだろうなとアレンジ面では思います」

甫木元「お、旬がやってきますね。ここから菊池先生の黄金期(笑)」

菊池「(笑)。僕が本格的に編曲に取り組むようになったのはこのバンドからなので、今までは初心者でした。アルバムが出来て、ようやくスタート地点に立った気分です」

 


RELEASE INFORMATION

Bialystocks 『Quicksand』 IRORI/ポニーキャニオン(2022)

リリース日:2022年11月30日
タワーレコード特典:音源ダウンロードコード付きポストカードTYPE-A

■初回限定盤(CD+Blu-ray)
品番:PCCA-06165
価格:4,950円(税込)

■通常盤(CD Only)
品番:PCCA-06166
価格:2,970円(税込)

TRACKLIST
CD
1. 朝靄
2. 灯台
3. 日々の手触り
4. あくびのカーブ
5. タダで太った人生
6. Upon You
7. Winter
8. 差し色(テレビ東京系ドラマ25「先生のおとりよせ」EDテーマ)
9. はだかのゆめ(映画「はだかのゆめ」主題歌)
10. 雨宿り

Blu-ray ※初回限定盤のみ付属
Bialystocks 第一回単独公演 於:大手町三井ホール 2022年10月2日
1. All Too Soon
2. 花束
3. またたき
4. Emptyman
5. 光のあと
6. フーテン
7. コーラ・バナナ・ミュージック
8. あいもかわらず
9. Winter
10. ごはん
11. Thank you
12. I Don’t Have a Pen
13. Over Now
14. 差し色
15. Nevermore
16. 日々の手触り
17. 夜よ

Bialystocksメジャー1stアルバム『Quicksand』特設サイト:https://quicksand.jp/

 

MOVIE INFORMATION
はだかのゆめ

■ストーリー
四国山脈に隔たれた高知県。いまだダムのない暴れ川の異名をもつ四万十川。太平洋に流れ出るその川の流れと共に、生きてるものが死んでいて、死んでるものが生きてるかのような土地で老いた祖父と余命をそこで暮らす決意をした母、それに寄り添う息子、ノロ。嘘が真で闊歩する現世を憂うノロマなノロは近づく母の死を受け入れられずに死者のように徘徊している。そのノロを見守るように寄り添うおんちゃん、彼もまたこの世のものではないのかもしれない。息子を思う母、母を思う息子がお互いの距離を、測り直していく、母と子の生死の話。

監督・脚本・編集:甫木元空
出演:青木柚/唯野未歩子/前野健太/甫木元尊英
プロデューサー:仙頭武則/飯塚香織
撮影:米倉伸
照明:平谷里紗
現場録音:川上拓也
音響:菊池信之
助監督:滝野弘仁 
音楽:Bialystocks
製作:ポニーキャニオン
配給:boid/VOICE OF GHOST
2022年/日本/カラー/DCP/アメリカンビスタ/5.1ch/59分
©PONY CANYON
https://hadakanoyume.com/

2022年11月25日(金)より東京・渋谷シネクイントほか全国順次公開

 

LIVE INFORMATION
Bialystocks Tour 2023

2023年1月21日(土)大阪・梅田 Shangri-La
2023年1月22日(日)愛知・名古屋 TOKUZO
2023年2月18日(土)東京・恵比寿 LIQUIDROOM

■チケット
オフィシャル1次先行受付中:https://w.pia.jp/t/bialystocks-oat/
受付期間:2022年10月2日(日)20:00〜2022年10月10日(月・祝)23:59

 


PROFILE: Bialystocks
2019年、ボーカル・甫木元空監督作品、青山真治プロデュースの映画「はるねこ」の生演奏上映をきっかけに結成。ソウルフルで伸びやかな歌声で歌われるフォーキーで温かみのあるメロディーと、ジャズをベースに持ちながら自由にジャンルを横断する楽器陣の組み合わせは、普遍的であると同時に先鋭的と評される。2020年、大型フェス(〈METROCK 2020〉)への出演が決定。2021年、ファーストアルバム『ビアリストックス』を発表。収録曲“I Don’t Have a Pen”はNTTドコモが展開する〈Quadratic Playground〉のウェブCMソングに選出されている。2022年、2作目の全国流通EPとなる『Tide Pool』を発表。同作は、話題になった先行シングル“光のあと”“All Too Soon”他全5曲を収録。同年4月には“差し色”がテレビ東京ドラマ25「先生のおとりよせ」のエンディングテーマに起用され、初のドラマ主題歌を担当した。同年10月に初のワンマンライブ〈第一回単独公演 於:大手町三井ホール〉を開催、即日ソールドアウト。11月30日、メジャーファーストアルバム『Quicksand』をポニーキャニオン/IRORIよりリリース。