©️いしいひさいち

口コミで広がる自費出版の漫画「ROCA」

自費出版で作られた一冊の漫画が、Twitterを中心に口コミで広がり、朝日新聞やTBSラジオ「アフター6ジャンクション」で取り上げられるなど、大きな話題になっている。いしいひさいちの「ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ」だ。

「ROCA」の物語は、地方の海辺の街(「ののちゃん」の舞台と予想されている岡山・玉野だと思われる)に住む女子高生の吉川ロカが、ポルトガルの大衆歌謡/民謡ファドの歌手を目指す、というもの。いしいらしいスカッとした諧謔や軽快さとともに4コマ形式で綴られるのは、ストリートでのライブを経たロカが才能を開花させていく歌手活動、彼女の愛らしいキャラクター、親友・柴島美乃とのつかず離れずの友情、街の人々とのあたたかい交流だ。ラストの数篇でたたみかけられる展開があまりにも切なく胸に迫り、じんわりと染み入る作品になっている。

「ROCA」はもともと、「ののちゃん」の作中に登場していた連載内連載で、2012年に終了したのち、いしいひさいちのオフィシャルサイト〈(笑)いしい商店〉と〈コミティア〉で販売された自費出版本シリーズ「ドーナツボックス」で連載されていたのだという。断片的に発表され、ファンから愛されていたロカの物語が一冊にまとめられたのが、今回の「ROCA」なのだ。

そんな「ROCA」を読んでいると、ロカという歌い手がどんな歌声の持ち主で、どんなふうな歌い方をするのかが、ものすごく気になってくる。ロカの歌をどうしても聴いてみたい――そう思わせられるのだ。そして、ロカの歌を想像するためのヒントは、漫画のなかに散りばめられている。そんなわけで、ここでは、「ROCA」という漫画から聴こえてくるロカの歌やその音楽について、そしてファドという音楽について書いてみようと思う。

 

暗く太いアルトと恐るべき声量、でも不器用な歌

作中では、ロカの歌について、男声にも聴こえる暗く太いアルト(コントラルト)ボイスで、コップの水が揺れるほどの声量を出すことができ(〈咆哮と言っていいほど〉と形容される)、加えて歌いまわしが不器用でヘタウマ、という独特な描写がされている。

また、ファドだけではなく、フォルクローレからの影響もあるらしい。ロカ(名前はリスボン近郊、ヨーロッパの最西端に位置するロカ岬に由来する)が歌を志した理由などはあまり詳しく語られないのだが、海難事故で亡くなった母親が〈無国籍音楽のアマチュアバンド〉をやっており、〈ボンボという軍楽の太鼓をたたいて歌うスタイルだった〉ことが、No. 62で明かされている。さらに、いしいの〈あとがきに代えて〉では、その母のスタイルがアルゼンチンのフォルクローレ歌手、メルセデス・ソーサのものであると明言されている。

つまり、ロカの歌は、ポルトガルのファドとアルゼンチンのフォルクローレが大西洋を挟んで融合し、そこに彼女の強烈な個性が混ざりあった、とてもユニークなものなのだろう。その独自性から、作中では〈『吉川ロカ』のファド〉〈どの音楽ジャンルにも属さん『ジャンル・ロカ』を形成するかも〉と言われている。