たまたま手にとった本が人生を変えることがある。児島青、驚異のデビュー作


街の小さな古本屋〈十月堂〉を舞台に様々な愛書家たちが訪れ、若き男性店主との交流が紡がれている。脱サラして古書店を始めて6年目という告白から物語は始まる。古書、古本屋が好きな人にとって特別なものになるであろう漫画作品が登場した。実在する名著やトリビアが取り上げられているのが魅力だ。アフリカ文学の傑作、エイモス・チュツオーラ「やし酒飲み」、物理学者で随筆家、寺田寅彦が詠んだ歌「好きなもの イチゴ 珈琲 花 美人 懐手して 宇宙見物」、森茉莉「恋人たちの森」、岡本綺堂「半七捕物帳」、本屋へ行くとなぜかトイレへ行きたくなる現象の呼び名〈青木まりこ現象〉の初出について、NW系名作漫画・鴨沢祐仁「クシー君の夜の散歩」、大友克洋「童夢」、中島らも「ガダラの豚」、奇書・ヤン・ポトツキ「サラゴサ手稿」、さらには文庫本にまつわるトリビア、などが登場する。本好きにはたまらない。古書業界の裏側を描いているところも魅力で某大型古書チェーンで仕入れをする〈セドリ〉についてや売れない本の廃棄問題、さらには新刊書店で並んでいるのはここ一年以内の刊行物ばかりで、一昨年以前に出た本は一体どうなっているのか、という描写もあり、知られざる問題を知ることとなった。
印象に残ったエピソードとして、第5話「当世着倒気質」で出てくる病院で出会った老婆のセリフ「メメントモッてる」(メメント・モリ=ラテン語で死を想え、死を忘れるな、の意)はグッと来た。人生を大切に意識し今日を生きよう、の意として捉えた。第6話「さよなら、青木まり子」に出てくる美大生との切ないエピソード、第7話「鷹の目を持つ男」での名言「自分の足で歩き自分の目で本を見つける」「この体験を手放す気になれなくてね」「お目当てに辿り着かずとも思わぬ収穫を得ることもある」、第9話「本の海の漂流者」での名言「運命ってのがあるのかもな 人にも本にも」これらのセリフに特に感銘を受けた。
古書の良さは、偶然の出会い。この世は偶然に支配されている。探している特定の本が見つかった時の嬉しさはほかに変えられないものがあるが、気になってたまたま手に取った本が人生を変えることがある。そんな体験の元となる書店巡り、あるいはCDショップ巡りという文化を残していかねば、とあらためて考えさせられた。個人的には若い頃に全国の古書店を巡ったときの想い出の古書店と個性的すぎる店主たち、すれ違った古書マニア、さらに出会った運命の1冊を思い出すことになった。名言だらけの本作品、これがデビュー作とは信じられない作者の教養に圧倒された。