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ファドの女王アマリア・ロドリゲス

私は漫画を読みながら、アマリア・ロドリゲスの名盤『カフェ・ルーゾのアマリア・ロドリゲス(Amália No Café Luso)』を聴いていた。ファドといえば、ファドの女王アマリアだからだ(読み終えたあとにあとがきを見たところ、このアルバムに触れられていて驚いた)。

アマリア・ロドリゲスの74年作『Amália No Café Luso』収録曲“Fado Mayer”

そもそも、ファドという音楽は、上に書いたように、ポルトガルの大衆歌謡/民謡のことである。一説には18世紀のブラジルのダンスミュージックに由来するといい、その後ファド(言葉の意味は〈運命・宿命〉)はポルトガルに輸入され、リスボンの黒人たちや混血の人々の間で広まった。次第に打楽器がなくなってダンス音楽から離れ、ポルトガルギターと通常のギターのみで伴奏されるようになり、港町らしく諸外国の音楽の要素が混ざって、19世紀の不況期に確立されたのがファドである(当初の代表的な歌手はマリア・セヴェーラ)。

19世紀後半から20世紀初頭、〈ファドハウス〉というレストラン群を拠点に盛り上がったファドの黄金期の最後、1939年に登場したのがアマリアだ。しかし、ファドは第二次世界大戦を境に衰退してしまう。そんななかで、ファド復興のために催されたのが、カフェ・ルーゾでのアマリアのライブだった。

『カフェ・ルーゾのアマリア・ロドリゲス』は、1955年にリスボンのファドハウス、カフェ・ルーゾで録音されたライブ盤で、アマリアの最高傑作と評されることも多い。アマリアの低く深く伸びやかな歌声、熱気にあふれた観客の騒がしい反応、曲間のざわめきや空気までもがたった1本のマイクで録音された、ひじょうに生々しい録音である。「ROCA」を読んでファドという音楽を知りたくなった方には、まずおすすめしたい古典だ。

AMÁLIA RODRIGUES 『Amália No Café Luso』 Columbia(1974)

ちなみに、当日のアマリアは「喉の調子が悪いから録音したくない」と訴えており、実際に何度も咳をしている。それにもかかわらず、ドミンゴス・カマリーニャのギターラ(ポルトガルの12弦ギター)とサントス・モレイラのビオラ(ビオラブラゲーザと呼ばれる10弦ギター)の演奏をバックに圧倒的な歌唱を聴かせているのが、またすごい。圧巻である。

アマリアといえば、世界的な名声を得た記念すべき公演の記録『オランピアのアマリア・ロドリゲス(Amália No Olympia)』(1956年の録音。2021年に新装盤として再発された)や、深みが増した70年の名スタジオ録音『Com Que Voz』も有名だ。ライス・レコードによる初期音源集『ファドの貴婦人』は入門にもいいアルバムだが、現在手に入れやすいのは『ベスト・オヴ・アマリア~輝ける50年代の歌声(O Melhor De Amália)』や『ザ・グレイテスト・ヒッツ(The Greatest Hits)』といった近年の編集盤かもしれない。

AMÁLIA RODRIGUES 『Amália No Olympia』 Columbia(1971)

AMÁLIA RODRIGUES 『Com Que Voz』 Columbia(1970)

AMÁLIA RODRIGUES 『ファドの貴婦人』 ライス(2004)

AMÁLIA RODRIGUES 『O Melhor De Amália』 País Real/サンビーニャ・インポート(2011)

AMÁLIA RODRIGUES 『The Greatest Hits』 SevenMuses MusicBooks/サンビーニャ・インポート(2015)

 

アマリアが歌った“暗いはしけ”や“コインブラ・ポルトガルの4月”

「ROCA」の作中に登場する“暗いはしけ(Barco Negro)”は、アマリアのみならずファドの代表曲として知られているヒット曲だ。とはいえ、原曲はブラジルの“黒き母(Mãe Preta)”なので、不思議なリズムからもわかるとおり、実はファドではない。これはアマリアが出演したフランス映画「過去をもつ愛情」(1954年)で歌った曲で、ちあきなおみなどの日本の歌手にも歌われて親しまれており、聴いたことのある方も多いだろう。

アマリア・ロドリゲスの1954年の楽曲“Barco Negro”

No. 8でロカが初めて歌声を響かせて周囲を圧倒するシーンなど、作中にはファドの歌詞がコマいっぱいに描かれている場面も多い。No. 8の曲は、おそらくアマリアも歌った“Fado Da Madragoa”だ。また、No. 18のストリートライブで披露した“Coimbra”(曲名はリスボンと並ぶファドの拠点地)も、アマリアの曲として知られている。ここでロカが曲名を“コインブラ・ポルトガルの4月”と言っているのは、この曲がフランス人歌手のイヴェット・ジローによって“Avril Au Portugal”として歌われ、ジャズやポピュラーのスタンダード“ポルトガルの4月(April In Portugal)” としても親しまれているからだろう(ロカは“コインブラ”を“暗いはしけ”風にバイヨンのリズムで歌っている、とキクさんに指摘されている)。

アマリア・ロドリゲス“Fado Da Madragoa”

アマリア・ロドリゲス“Coimbra”

No. 35以降に登場し、ロカのセットリストにも加わっているのは“Maria Lisboa”。“暗いはしけ”と同じダヴィッド・モラーン・フェレイラが作詞しており、久保田早紀の“異邦人”の元ネタとしても知られているスタンダードで、これもアマリアの名唱が有名。

アマリア・ロドリゲス“Maria Lisboa”