時を超えて届けられたヤング・アンド・ビューティフルな面々による伝説の宴
先ごろ発掘&復刻されたムーンライダーズと佐藤奈々子のスタジオ・ライヴ・アルバム『Radio Moon and Roses 1979Hz』。多くのリスナーをときめかせた突然すぎる贈りものがこのたびアナログ化されることとなった。この素敵な出来事によってこの素晴らしいライヴに魅了されるリスナーの数は一段と増すだろう。当の発信者である佐藤奈々子は、この音源を初めて耳にしたときの感覚を「玉手箱が開いてしまったような」と振り返る。
「私に限らず、ここにいる全員がヤング・アンド・ビューティフルで、キラキラ輝いていて、あの時代の幸福感がそこにある。それがどれだけ素敵で大切なものなのかをいまはすごく感じています」
近年もライヴで共演を果たすなど親交の深い両者だが、親睦を深めたのは、神宮前にあった伝説のカフェ&バー〈カル・デ・サック〉。なかでも毎晩のように通っていた鈴木慶一との思い出は何かと尽きないようだ。
「ミュージシャンから、俳優、映画監督、CMディレクターなどが集まるサロン的な場所で、誰かから紹介されて観た映画が曲に発展するなど、共有したものが自然と形になったりした。何か目的をもって遊ぶというより、吸収することがすべて、みたいな。そこにある空気を夜ごと胸いっぱい気持ちよく吸い込んで、ごちそうさま!って感じだった。お店の常連だった人がこのアルバムを聴いて〈まるでカル・デ・サックみたいだ〉って言ってましたね」
われわれ後追い派にとってここでの躍動感のある可憐なパフォーマンスはこのうえなく彼女の存在をリアルに感じさせてくれる。当時の〈佐藤奈々子〉はどんな女の子だったかお伺いしたい。
「最高にワガママ(笑)。好きなことしかやらない。でもいまもそんなふうだし、それ以上他に何があるんでしょうね」
いちばんの聴きものは奈々子さんと慶一さんのファンキーな〈夫婦喧嘩〉が繰り広げられる“ジャプ・アップ・ファミリー”。仲良く喧嘩する彼らの様子が楽しいったらない。
「ねっ。いまはあんな早口で言えない。何が好きって、慶一くんの歌声。本家ムーンライダーズのアルバムでもこんな艶っぽい歌声が聴けただろうか?って思えるほど。最初に玉手箱を開いたとき、この素敵な歌声をなんとか世に出さなくては、ってまず考えたし」
そんなお褒めの言葉を受けて、続いては鈴木慶一によるお話。自身の歌声に対する評価は?
「“火の玉ボーイ”は奈々子さんに合わせて一音上げているんだよね。よく声が出たなぁ。全体的にツイン・キーボードで、たぶんこれ私や武川雅寛が手分けして弾いてますね。ディランの“Like A Rolling Stone”やプロコル・ハルムのサウンドにやっと到達したな、って頃。そんな達成感をまたすぐに解体してしまうんだけどね」
ムーンライダーズ史的位置づけでいうと、本作は『火の玉ボーイ』から『ヌーヴェル・ヴァーグ』までの歴史をまとめたライヴであり、ニューウェイヴ前夜のドキュメントともなり得る。XTCの『Go 2』やディーヴォの“(I Can’t Get No) Satisfacition”などから発せられる刺激にヴィヴィッドに反応し、新たなアプローチを模索していた時期でもある。
「放送日が1979年1月、録ったのはその少し手前だったかな。プログレッシヴ・ロックやフュージョンから発展した粋なロックというか、カフェ・ジャックスやセイラーのようなアートスクール・ロックの要素が含まれているし、ニューウェイヴにも片足を突っ込んでいる。顕著な例が“マイ・ネーム・イズ・ジャック”。ゴーゴー・スタイルのエンディングが〈マイ〉〈ネーム〉と一語ずつ違う人が歌ったりしてニューウェイヴっぽいね」
そこにリビー・タイタスを彷彿とさせるメロウでムーディーな“女友達(悲しきセクレタリー)”(佐藤によるカヴァー版)があったりして色合いは実にカラフル。それにしても奈々子さんの歌声。いまとなんら変わらないという事実に気付かされるのも大きな聴きどころ。
「私も注目したのはそこ。あの歌い方は時代を経ても劣化しないということだ(笑)。ムーンライダーズの過渡期を一枚に記録したライヴ・アルバムはないから、ファンもたくさんのことに気付くはず。あの頃は本能的というか直感的にやっていただけだけど、この時期ならではの必然性のあるサウンドになっていて大いに納得できるということですね。と、本人が言ってるんだから確かです(笑)」
鈴木慶一(Keiichi Suzuki)
1951年東京生まれ。はちみつぱい解散後、ムーンライダーズを結成し1976年アルバム『火の玉ボーイ』でデビュー。CM音楽、アイドル、演歌など幅広い楽曲提供とプロデュース、「MOTHER/MOTHER2」などのゲーム音楽に関わる。映画音楽では北野武監督の「座頭市」、「アウトレイジビヨンド~最終章~」で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。今敏監督の「東京ゴッドファーザーズ」でシッチェス国際映画祭最優秀音楽賞を受賞した。映画やドラマへの出演も多数。
佐藤奈々子(Nanako Sato)
1977年、佐野元春との共作『Funny Walkin’』でデビュー。1979年までに4枚のソロアルバムをリリースし、ムーンライダーズや加藤和彦など、当時の先鋭的なアーティストの作品に参加、楽曲提供するなど活動の幅を広げる。1980年、〈SPY〉を結成。その後、プロのフォトグラファーとして活動開始。1993年、15年ぶりに音楽活動を再開。2001年、Mark Bingham(R.E.M.でグラミー賞を受賞)のプロデュースにより、アルバム『Sisters on the riverbed』をリリース。日本のみならず世界的に幅広く音楽を発信している。
LIVE INFORMATION
ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル 2023
2023年4月29日(土)、30日(日)埼玉・狭山〈県営 狭山稲荷山公園〉内 特設会場
開場/開演:16:15/17:00
出演:ムーンライダーズ/佐野元春/きたやまおさむ/松山猛/田島貴男(オリジナル・ラブ)/佐野史郎/サニーデイ・サービス/久保田麻琴/民謡クルセイダーズ/トクマルシューゴ/関口スグヤ(ex-KEEPON)/いーはとーゔ and more...
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