
2013年の夏〈VIA JAPAN〉ツアーが一段落する頃、ジェーンの体調は再び悪化していた。そして同年12月、長女ケイトの転落死。〈自殺〉と語られることもあるこのケイトの死に関してジェーンは〈不運な事故〉と最後まで考えそして信じていたようだ。ケイトの死、自身の病気。ジェーンは希望の無い日々を送っていた。そんな中、カナダのオーケストラから新しいプロジェクトがオファーされ、編曲とピアノを再び私が担当することになった。ジェーンの体調のこともあり企画はゴーサインと頓挫が繰り返されたが2016年6月、ついにモントリオール交響楽団との世界初演を迎えた。体調は万全では無かった。しかしジェーンは再びステージで輝いた。長年ゲンズブールのディレクターを務めジェーンのコンサート全ての芸術監督でもあるフィリップ・ルリショムをして、この企画が成功したと確信を得られるほどの素晴らしいパフォーマンスを披露した。ジェーンが復活した日だった。
この初演の成功を機に、Birkin / Gainsbourg: Le Symphoniqueと名付けられたツアーは足かけ5年、80公演に及び、私たちは再び世界中を旅した。日本でも2017年8月に東京公演を行った。嵐の迫る中での開演。栗田博文指揮による東京フィルハーモニー交響楽団との白熱のコンサートはジェーンも良き思い出として長く語り継いでいた。(映画「ジェーンとシャルロット」は、この日本公演のシーンから始まる。)まだまだ続く予定だったこのコンサートツアーも、2020年のコロナ禍の影響でストップした。最終公演地はニューヨーク。もし公演日が数日後だったら空港の閉鎖によりパリには戻れなかったというギリギリのタイミングだった。
ジェーン死去の知らせは突然だった。そのしばらく前にジェーンから「退院したわ、家に遊びに来ない?」と連絡があった。2017年にパリに越して以来よく家を行き来していた私と妻は死の数日前にもジェーンの家を訪ねている。そのとき私は「ステージに立つにはもう少し時間がかかるかもしれない……だけどきっと大丈夫」「いつだって彼女はこうした中、復活してきたんだ」そう考えていた。
生前ジェーンがよく語っていた「つらく悲しいときこそ笑顔でポジティブに」という言葉。それを私は言葉通りに前向きな生き方指南と考えていた。しかしこうしてジェーンがこの地上からいなくなった時間を過ごす中で私はある思いに至る。これは彼女自身が経験した別れや死別、そして自身の病気、それをどうやって乗り越えるのか、そしてそれがいかに困難で身が引き裂かれるようなことなのか、ということを反語的に言い表した彼女自身の叫びなのではないかと。

追記:思い出にするにはまだ日が浅すぎたのか、私自身の仄暗い心情がここまでの文章には出すぎてしまったように思える。私がジェーンと旅をしたり家を行き来した12年間の大部分は笑って、感動して、はしゃいだりして共に過ごした時間だ。ジェーンの自宅での食事の風景はいつ思い出しても笑ってしまう。大げさなほど作りすぎた大皿料理を前にしてそこに居る全員が呆然としている。旅で移動中などでは「慈愛に満ちた」というジェーン像からは想像が出来ないシニカルでブラックな面もよく顔をのぞかせた。妹のリンダと妻と四人で過ごした夏のバカンスではいくらアクセルを踏んでもスピードの出ないボロボロの愛車で田舎をドライブした。ずいぶんクラクションを鳴らされるなと思って振り向いたら、長い交通渋滞を引き起こしていた(ジェーンは知らん顔していたけど)。ツアー中は彼女の突飛な行動に驚いてツアークルーから「Oh no, Jane!!!」としょっちゅう叫ばれていたり……。そんな日々のことも今は思い出しています。
ジェーン・バーキン(Jane Birkin)
1946年12月14日ロンドン生まれ。ミュージカル「パッション・フラワー」で初めて舞台で歌う。リチャード・レスター監督「ザ・ナック」で映画に進出。1969年に発表した“ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ”の計算し尽くされたエロティシズムが世間の注目を集めた後、セルジュ・ゲンスブールは彼女のために曲を次々と生み出す。1971年に二人の間に生まれた娘シャルロットは、現在女優として活躍中。多数の映画出演と平行して歌手としても活動し、1978年の『想い出のロックン・ローラー』でそのキャリアの頂点に立つ。2023年7月、76歳で逝去。
寄稿者プロフィール
中島ノブユキ(なかじま・のぶゆき)
作曲家。大河ドラマ「八重の桜」、映画「人間失格」「悼む人」。ジェーン・バーキン 世界ツアー〈VIA JAPAN〉〈Birkin / Gainsbourg: Le Symphonique〉音楽監督。シャルル・アズナブール生誕百年を記念するオーケストラ作品“AZNAVOUR 100 ANS”を2024年ニースで初演後、世界ツアーが予定されている。ソロアルバム『エテパルマ』『メランコリア』『散りゆく花』等。
CINEMA INFORMATION

映画「ジェーンとシャルロット」
監督・脚本・出演:シャルロット・ゲンズブール
出演:ジェーン・バーキン/シャルロット・ゲンズブール/ジョー・アタル
配給:リアリーライクフィルムズ
(2021年|フランス|92分)
全国公開中!
https://www.reallylikefilms.com/janeandcharlotte