『散りゆく花』は、中島ノブユキが自ら設立したレーベル、SOTTOからの第2弾にあたるソロ・アルバムだ。ソロ・ピアノ作品だった前作『クレール・オブスキュア』に対して、新作はファースト・アルバム『エテパルマ~夏の印象~』のアンサンブルや曲想を踏襲しつつ、作曲家および編曲家として、次の段階に踏み出した作品と言える。映画音楽も手掛ける中島は、小津安二郎を引き合いに出して説明してくれた。

 「晩年の小津安二郎さんの作品のテーマは“娘の結婚”や“家族の関係”といった同じものだし、キャストの顔ぶれもほぼ同じですよね。だけど、何か微妙な変化がある。そういう意味での同じものと変化を、僕はこのアルバムに求めた。『エテパルマ』から約10年経ちますが、僕にしても、これまで何度も共演を重ねてきた北村聡くんにしても、ジェーン・バーキンのツアーで一緒に世界を回った金子飛鳥さんにしても、それぞれこの間に変化してきたと思います。だからことさら新しいものを作ろうと意識しなくても、それぞれの変化が演奏に自然ににじみ出るだろうし、その変化が記録されてさえいれば、新しいものになると思ってました」

中島ノブユキ 散りゆく花 SOTTO(2015)

 具体的な変化もいくつかある。たとえば、これまでは複数のギタリストが起用されていたが、今回は藤本一馬に固定。また、ピアノ、ギター、バンドネオン、コントラバス、弦楽三重奏に加えて、初めてオーボエがフィーチャーされている。

 「『エテパルマ』や『パッサカイユ』は、新作と同じような編成ですけど、ジャズ的な要素が多かったと思います。それは編曲にも表れていて、楽器同士を溶け合わせるというよりは、ソロ・パートを設けるということも含めて、個々の楽器が際立つような作り方をしていました。その点、今回はオーボエの柔らかい音色やフレーズが入ったことによって、バンドネオンとストリングスとギターの音色が溶け合い、一体化した。それは、自分でも驚きでした。オーボエを入れようと思ったのは、もともと音色が好きだったから。何故か分からないけど、ダブルリードの管楽器の音色に惹かれるんです」

 表題曲《散りゆく花》は、中島ノブユキの新たな名刺代わりとなりそうな曲だ。大きな聴きどころは、ミニマルなフレーズを繰り返す中島のピアノに絡む藤本一馬のエレクトリック・ギター。甘いトーンでありながら、目の細かいサンドペーパーのような感触を持つそのギターを初めて聴いたとき、僕はドゥルッティ・コラムとアフリカ音楽のギターを同時に想起して、はっとした。中島にとっても、すごく新鮮な驚きだったという。

 「《散りゆく花》はもともとピアノ曲で、僕としては、ピアノのコードに寄り添う感じで一馬くんがギターで変化を付けてくれたら、この曲は成立するなと思っていました。ところが、最初のリハーサルの時に一馬くんが、何て言うか、柔らかい歪みを含んだトーンのギターをいきなり重ねてきた。一馬くんにはあらかじめ譜面を渡してあったんですけど、予想していなかった演奏で、僕はマリのアリ・ファルカ・トゥーレ的な響きを感じました。一馬くんがなぜ最初からエレクトリック・ギターを手にしていたのか、どういう意識でこんな感じのギターを弾いたのか、本人にはまだ確かめていないんですけど」

 “散りゆく花”。儚くも美しいイメージが浮かぶ。

 「アルバムのミックスの段階のとき、たまたまD・W・グリフィス監督の『散り行く花』を観たんです。語感に惹かれるものがあったので、曲のタイトルに使えないかなと思いながら自分の曲を聴き返したら、この曲に合うなと思った。実は、仮タイトルは《ペンギン》でした。ピアノの旋律がペンギンがぺこぺこ動いているような感じがしたので(笑)。ペンギン・カフェ・オーケストラとは関係ありません。あ、でも言われてみて気づきましたけど、ペンギン・カフェ・オーケストラの音楽も、ミニマル・ミュージック的で、しかもアフリカ音楽と接点がありますね」

 いずれにせよ、『散りゆく花』は良いタイトルだと思う。音はいずれ消える。あらゆる音楽は、散りゆく花かもしれないから。

 

LIVE INFORMATION

中島ノブユキ 『散りゆく花』 コンサートツアー "blossoms"

○7/11(土)19:00開演 会場:旧グッゲンハイム邸(神戸)
出演: 中島ノブユキ(p)藤本一馬(g)
○7/12(日)19:00開演 会場:ゆう&えんQホール(米子)
出演: 中島ノブユキ(p)藤本一馬(g)
○7/25(土)19:00開演 会場:5/R Hall (名古屋)
中島ノブユキ(p)北村聡(bandoneon)藤本一馬(g) 田中伸司(cb)
○7/26(日) 17:00開演 会場:圓山記念日本工藝美術館 (姫路)
中島ノブユキ(p)北村聡(bandoneon)藤本一馬(g) 田中伸司(cb)
○10/18(日) 会場:求道会館 (東京)  
中島ノブユキ(p)北村聡(bandoneon)藤本一馬(g) 田中伸司(cb)金子飛鳥(vn)相磯優子(vn)志賀恵子(va)中村潤(vc)関美矢子(ob)
○10/27(火)19:00開演 会場:岡山県立美術館
中島ノブユキ(p)アンサンブル編成による公演

www.sotto.maison