連載〈94年の音楽〉ではブラー『Parklife』と当時の英国の音楽を振り返った。それに続く1995年についても30周年の記事を掲載。そして今回のテーマは〈1996年のUKの音楽〉だ。ブリットポップが下火になった一方、レイヴカルチャーなどダンスミュージックがポップフィールドで爆発、映画「トレインスポッティング」が公開され、新たなギターロックも登場した。そんな記念すべき年を音楽エディター妹沢奈美に掘り下げてもらった。 *Mikiki編集部
クール・ブリタニアの時代――オアシスのネブワース公演とスパイス・ガールズ
まず重要キーワードから記しておきたい。1996年の英国音楽シーンとそれを取り巻く空気感を瞬時に思い出させる言葉として、映画「トレインスポッティング」、オアシスのネブワース公演、スパイス・ガールズの登場と覇権、プロディジーやケミカル・ブラザース、ゴールディやアンダーワールドによるダンスミュージックのオーバーグラウンド化、グラスゴーからベル・アンド・セバスチャンとモグワイのデビュー、そして1997年の労働党政権成立とレディオヘッド『OK Computer』の前夜……こういったキーワードが脳裏に浮かぶ。いわば、クール・ブリタニアという概念が政治に利用される直前の、文字通りの意味で輝いていた時期だ。若者たちがクリエイティブで想像力に富んだ自国文化に誇りを取り戻し、世界の文化の最先端にいるという自信が、英国らしい更なる多様化をもたらしていく。そんな時代だった。
簡単に振り返ると、前年の1995年8月のブリットポップ頂上決戦(オアシスvsブラーのシングル同時発売)を経てブームとしてのブリットポップは下火に。また、1992年ごろに萌芽を持つブリストルのトリップホップはこの頃までにヒップホップやダブ、ソウル、ノイズ、映画音楽、ジャズなどを織り込みながら独自の地を這うようなビート感でクラブミュージックを更新していた。政治に目を向けると1994年にトニー・ブレアが労働党党首となり、若きイギリスを全面に押し出し支持を広げた。
1996年の記録といえば、8月11、12日に行われたオアシスのネブワース公演がまず挙げられる。2日間で計25万人超という動員数は、当時の英国興行記録を更新。映画「オアシス:ネブワース1996」にも描かれていた通り、単なる大規模ライブや国民的バンドという枠を超え、オアシスがみんなの声、みんなの歌、いわば時代そのものになった瞬間だった。

また、この年の7月に“Wannabe”でデビューしたスパイス・ガールズはUKシングルチャートで初登場1位および7週連続1位に。デビューから6枚連続でシングルが1位を取り、これは当時のギネス記録。1997年にスパイス・ガールズ現象が上陸したアメリカでも“Wannabe”は4週連続で1位になるなど、ガールパワー(当時の彼女たち自身が称したフレーズ)が世界のチャートを席巻した。

