止まった物語をふたたび動かす
アルバムの中でも特徴的なのが、より自由度を増したシンセとノイズの奔流だろう。リード・トラックの“Live Again”は言うに及ばず“Goodbye”や“Skipping Like A Stone”などで繰り広げられる美しい音の波はかつてのシューゲイザーがもたらす〈彼岸の陶酔〉を想起とさせるものがある。
「新しい何かを感じてくれたのは嬉しいよ。自分たちが思わず〈おお!〉ってなる新しいものを常に探し求めて実験しているわけだからね。今作のサウンドもそう。長年一緒にやっているエンジニアのスティーヴ・ダブがね、“Goodbye”という曲を聴いた時〈うわぁ!〉って反応して、僕たちの作品で聴いたシンセ音で一番だって言ってくれた。制作の段階から入っている彼みたいな人からそう言われると、僕たちも新しい何かを見つけたって実感が湧く。でも、それが生まれるのも、いつもと変わらず常に実験を繰り返しているからだ」。
シューゲイザーを彷彿とさせる“Live Again”の他にも、アルバムには彼らが体験してきた音楽の風景を感じさせる楽曲がある。“The Weight”にはプライマル・スクリームとの作業の残滓が宿り、“No Reason”にはリッチー・ホウティンの名曲“Spastik”を彷彿とさせるスネアロールがある(実際のサンプリングはセカンド・レイヤー“Courts or Wars”)。DJとして培ってきた豊かなキャリアは彼らの音楽により厚みを加えている。
「“The Weight”は凄く長い時間をかけて完成した曲なんだけど、取り出してくるたびにワクワクする曲だった。もしいま〈The Heavenly Sunday Social〉でプレイするとしたら、この曲がレコード・ボックスに入っていたらいいだろうねって。当時僕たちが夢中だったビースティー・ボーイズの『Check Your Head』時代を想起させられる。そうやって昔のものを思い出す瞬間も僕たちは決して否定しない。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやジーザス・アンド・ザ・メリーチェインを聴いて興奮した時と同じ感覚がいまも自分の中にある。だから“Live Again”みたいな曲を作っている時、自分たちにとっての音楽の原体験が蘇る。夜中にクラブでリッチー・ホウティンが格好いいテクノ・ビートを鳴らしていた瞬間をいまも忘れないし、パブリック・エネミーのデビュー・アルバムを初めて聴いた時も同じ。その感覚が、いま自分が作っている音楽と何らかの繋がりがある。当時に感じた衝撃が、いまも自分の創作意欲を駆り立てている。音楽の原体験というのは、人生を変えるくらいの影響力があると思っている。僕らは自分たちなりにそれをやろうとしているんだ」。
すでに再開したライヴで新曲は披露されているが、よりトリッピーになった“Live Again”など、現場の高揚を促すようチューンナップされた楽曲群は、2024年に決定した本当に久々となる来日公演で、その威力を日本のファンに示すことになるだろう。止まった物語をふたたび動かし、凍った感情を溶かし、喚起へと導いていく。それが『For That Beautiful Feeling』なのだ。
ケミカル・ブラザーズのリミックスが聴ける作品を一部紹介。
左から、シャーラタンズのベスト盤『Songs From The Other Side』(Beggars Banquet)、リパブリカの96年作の豪華盤『Republica (Deluxe Edition)』(Deconstruction/90/9)、セイント・エティエンヌの音源を収めたヘヴンリー音源の編集盤『Heavenly Remixes Vol. 5』(Heavenly)、プライマル・スクリームの2000年作『XTRMNTR』(Creation)、マニック・ストリート・プリーチャーズの96年作の豪華盤『Everything Must Go 20』(Sony UK)、ボーイズノイズの2013年作『Out Of The Black: The Remixes』(Boysnoize)
関連盤を紹介。
左から、ケミカル・ブラザーズが手掛けた2011年のサントラ『Hanna』(Sony Classical)、ヘイロー・モードの2018年作『Je Suis Une Ile』(Real World)