「自分が崩壊するかもしれない。それでも事件の背景にあるものを届けなければいけない」
「この作品に参加しなければ」と直感した。実際の障害者殺傷事件をモチーフにした小説を映画化した「月」について、俳優・磯村勇斗はそう語る。演じた役は、物語の最後で凶行に及ぶ〈さとくん〉だ。
「〈社会が障害者を人間として見ていないのではないか〉というテーマを描いていますが、〈見て見ぬふり〉をしている現状や、隠蔽していることは身の回りにもあるのではないか。そこに〈さとくん〉のような人間が生まれてしまう要因があるのではないか。映画にはいじめや暴力など負荷のある日常を送っている人物が登場しますが、誰でも何かのきっかけで同じような凶行に走るかもしれない。事件にならなくても問題がたくさんあり、僕らはとても怖い世界で生きているのかも知れない気がして。事件の背景にあるものを届けなければという意思が固まっていきました」
映画では際立つふたつの要素がある。ひとつはさとくんの奇妙な素直さと純粋さだ。小さなコミュニティの中で歪められた価値観を、空っぽな心にそのまま飲み込む。磯村演じる悪意のないその様子に見ている我々は戦慄する。
「多くの部分で〈さとくん〉と一緒に生きられたかなとは思います。でも実際の施設を訪れ、障害を持つ方々とお会いした上で、やっぱりなぜあんな行動に出たのかは、全く理解できないんですよね。結局それは彼にしかわからないし、その世界に潜り込んで役に近づきすぎると自分自身が崩壊してしまう、これを続けるのはまずいなと思いました。もともと監督とも〈さとくんを作りすぎるのはやめよう〉と話していたし、その言葉にも救われて、フラットに演じようと」
もうひとつは、舞台となった障害者介護施設で働く登場人物たちが繰り返す〈嘘〉という言葉だ。きれい事だけでは語れないその現実を、映画は〈社会の縮図〉として描き出す。
「〈嘘をつかないと回らない世の中〉になっているとしたら、それはこれまでずっと嘘をつき続けてきたからじゃないか。嘘を隠そうと別の嘘で塗り固めれば、どんどん嘘を重ねていくことになる。それを是正するにはまずは事実を共有することでしか始まらないと思うんです。でもそれはとても難しい。世界はすでに嘘まみれになっているから」
だが社会に重い問いを投げかける作品もまた、誰かが演じなければ世に出ない。磯村が火中の栗を拾うような役を選ぶ理由は、そこにあるのかもしれない。
「監督や社会運動家ならば、自分の考えをそのまま表現できるのかもしれませんが、役者はそうはいかない。でも役者をやっているからには表現したい。だからテーマのある作品に出会う機会を大切にしているというのはあります。周囲の人からイメージ云々ということはよく言われたりもしますが、自分の名前より、役の名前で思い出してもらうほうが嬉しいんですよね」
MOVIE INFORMATION
映画「月」
監督・脚本:石井裕也
音楽:岩代太郎
出演:宮沢りえ 磯村勇斗
長井恵里 大塚ヒロタ 笠原秀幸
板谷由夏 モロ師岡 鶴見辰吾 原日出子/高畑淳子
二階堂ふみ/オダギリジョー
配給:スターサンズ
(2023年|日本|144分|PG12)
2023年10月13日(金)新宿バルト9、ユーロスペースほか全国公開
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