11年目の新しいヴィジョン
そして、残りの3曲に冠されたテーマは〈夢〉。タイトルそのままのオープニング曲“夢”は、アンビエントなピアノを背にしたポエトリーから一転、高らかに響き渡るtowanaのヴォーカルと劇的に唸るシューゲイズ・ギターがドラマティックな幕開けを演出している。
towana「今回は珍しくテーマよりもヴィジュアルが先なんです。このパジャマみたいなセットアップを衣装にしようと思ってて、そこから〈夢とかドリーミーな感じはどう?〉ってアイデアを出して」
佐藤「それなら眠ってる間に見る夢だけじゃなくて、〈11年目のfhánaの新しいヴィジョンをみんなと共有して前に進んでいこう〉みたいな意味合いも持たせたいねってことで、『Beautiful Dreamer』というタイトルが出てきました。“夢”は6月~7月に開催した〈Looking for the New World Tour〉ツアーのオープニングSEが元になっていて」
towana「朗読から歌に変わるところでびっくりしませんでした? 歌は最初から全力で、っていうディレクションだったので、語りが終わった途端にバーン!って歌に入るんですけど、温度差がすごいなって(笑)。ポエトリーにはやっぱり苦手意識がありますね。でも、佐藤さんはオザケンが好きなので、〈ああ、オザケンをやりたいんだな〉って思ったら、ちょっと気が楽になったというか。歌を歌う人が語りをすることに価値があるっていう捉え方だから上手いとか下手じゃないし、それならやるか……って(笑)」
佐藤「“愛し愛されて生きるのさ”とかの語りが好きなんですよね……。towanaのポエトリーはいいと思いますよ。声もいいし。で、この曲の歌詞は、最初はもっと生々しくて。fhánaは現実の社会で起こった出来事へのリアクションで曲を作ることがけっこう多いんですけど、この曲のときはパレスチナのことがあったりして、〈愛する者のために武器を取ったりする〉のところとかは元の表現が残ってる部分です。あと、作詞の林(英樹)君とは岩井俊二さんの映画『キリエのうた』がすごく良かったよね、って話をしてました。現実の新宿や北海道、大阪とかが出てくるけど、あれは岩井さんの描くファンタジーですよね。いまの現実の世界――インターネットの世界もメディアも含めて、いろんな規制や制限があって、ちょっとしたことで炎上もするし、過剰な窮屈さがあってどこか現実っぽくない。むしろファンタジーや夢の中にこそ本当のことがあるよね、みたいな話からこのポエトリー部分の歌詞が上がってきました。今回のEPにはいろんな種類の〈夢〉が出てきますけど、なかでもこの“夢”には全部の夢が入っていますね」
さらには、パワフルなギター・ロック“Beautiful Dreamer”と、kevin作曲のSFチックな電子ポップ“Turing”も。
佐藤「“Beautiful Dreamer”では、〈新しい目標〉〈将来の夢〉みたいな意味での、いちばんポジティヴな〈夢〉を描いていますね。このEPの制作が決まったときから速くてエモーショナルなギター・ロックを1曲は入れたいと思っていました」
kevin「“Turing”は佐藤さんから〈ファンタジックな曲〉というオーダーを貰ったんですけど、ディズニーっぽい祝祭感のイメージだったようで。それでこういう8分の6というか、3拍子のリズムだったら祝祭感も出るかなってことでこの形に落ち着きました」
佐藤「〈夢〉というところで、歌詞はフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』みたいな連想がまずあって。いま、我々が生きてるこの社会はAIにシステムを構築されていて、自分で選択しているようでいて、実はアルゴリズムによってレコメンドされたものから選び取ってるだけなのかもしれない……そんな皮肉めいたテーマで書いてもらってます。曲名はコンピューターの父、アラン・チューリングからですね」
「ONE.」の主題歌を発端とする楽曲制作を通じて自身のコアを改めて確認した3人。これこそがfhánaだという音楽性や世界観はもちろん、そこから溢れ出るピュアなエモーションがさらなる感動を呼ぶ。
佐藤「結果的に、〈fhánaの初期衝動ってこうだったな〉と思い出させてくれるような作品になりました。デビュー以降はいろんなアニメの主題歌をやらせていただいて、さらにはアルバムを作ったりツアーをしたりでfhánaの世界観も広がっていって、もちろんその良さもあるんですけど、大元にはこういうものを持ってたなと。そういう意味でプリミティヴな作品だなと思います」
サポート・メンバーの関連作を紹介。
左から、インナージャーニーの2023年作『いい気分さ』(鶴見river)、HoneyWorksの2023年作『ねぇ、好きって痛いよ。~告白実行委員会キャラクターソング集~』(MusicRay'n)