「サスペリア」のサントラはディープ・パープルだったかも?

ダリオ・アルジェント 『恐怖 ダリオ・アルジェント自伝』 フィルムアート社(2023)

 スクリーンに鮮烈な〈恐怖〉を刻み込んだ映画監督、ダリオ・アルジェント。2014年に刊行した自伝がついに翻訳された。本書には映画という魔に魅入られた男の人生が赤裸々に描かれている。なにしろ、アルジェントは生まれた時から映画とは切り離せない関係だった。父親がイタリア映画を海外に輸出する仕事をしていた関係で、自宅にはフェデリコ・フェリーニを始め名監督が出入していたし、母親が経営する写真スタジオの経営者には、ソフィア・ローレンなど女優たちがポートレートの撮影に訪れていたという。自然な成り行きでアルジェントは映画に夢中になり、10代の頃はひとかどのシネフィルになっていた。そして、新聞記者の仕事を経て映画の世界へ。そのきっかけとなったのが、セルジオ・レオーネ監督作「ウェスタン」の脚本に駆け出しのベルナルド・ベルトルッチと参加したこと。レオーネのもとで2人の若者が修行を積む姿を、アルジェントは青春映画のワンシーンのように回想している。

 監督デビューしてからは、一作ごとに作品の舞台裏を紹介。観客の視線を強制的に誘導して惨劇を目撃させる力強いカメラワーク。同じモチーフや小道具を別の作品でも繰り返し使うというオブセッション。そういった、アルジェントの作家性が本人の言葉で明らかにされていくあたりは、記者時代に映画評論をしていたからこその分析力が光る。また、父親と仲が良かった縁で初期作品を依頼することになったエンニオ・モリコーネやゴブリンなど、アルジェント作品に欠かせない作曲家とのエピソードも紹介。当初、「サスペリア」のサントラはディープ・パープルに依頼するつもりだったそうだが、実現したらどんなサントラになっていたのだろうか。

 意外だったは、若い頃から女性経験が豊かなこと。パリに留学していた学生時代には、同じアパルトマンに住む娼婦と仲良くなり、監督で有名になってからは昔振られた恋人から誘われて不倫関係になったことも。また、娘のアーシアに対する溺愛ぶりも伝わってくる。劇中で女性たちはひどい殺され方をするために〈女性嫌い〉と世間から糾弾されていた時期もあったそうだが、アルジェントは女性をこよなく愛した。そして、女性の激しい情念に悲鳴をあげたこともあったことが、〈魔女三部作〉をはじめ女性の怖さを描く下地になったのかもしれない。恐怖とは何か。映画とは何か。文学青年でもあったアルジェントの見事な語りを、たっぷりと楽しめる一冊だ。