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70〜80年代を参照したクールなヒップホップソウル路線

本作が当時も今も高く評価される音楽的な理由の一つは、メロウでセンシュアルでクールなヒップホップソウル路線でプロデュースされていることにあるだろう。いかにもアイドル然とした元気のよさやフレッシュな勢いに満ちたデビューアルバムである前作『Ooooooohhh... On The TLC Tip』(92年)は、ダラス・オースティン、ベイビーフェイス、ジャーメイン・デュプリといったプロデューサーの一部は共通しているが、ブームが若干終わりかかっていたニュージャックスウィング路線で、T・ボズたちの低音ボーカルがあまり活きていない。そこから音数をぐっと減らし、重心をボトムへと落とし、余白を活かし、親密なボーカル表現とじっくり練り上げていくグルーヴやファンクネスを重視。そういった音楽的な転換が、まずあった。

メロウ極まりない“Diggin’ On You”、アイズレー・ブラザーズっぽい“Red Light Special”(この2曲はベイビーフェイスがプロデュース)、プリンスのカバーでプロダクションも直系の“If I Was Your Girlfriend”など、70〜80年代のソウル/R&Bのレガシーをサンプリングや引用などで参照してうまく取り込みながら、90sヒップホップソウルの感覚で表現しているのが、このアルバムの特徴だ。間口や射程の広いタイムレスな魅力と94年という時代性の刻印、その両方が宿っている。

 

〈アトランタ音楽〉としての重要性

前述の「ミュージック・マガジン」の長谷川町蔵による評文は、アルバムの主に音楽面について書かれており、〈本作は黒人音楽における首都がアトランタに遷都したことを告げるアルバムでもあったのだ〉と結論づけている。というのも、“Waterfalls”と“Sumthin’ Wicked This Way Comes”を制作したのはオーガナイズド・ノイズだからだ(後者では若きアンドレ3000がラップしている)。

オーガナイズド・ノイズはアトランタのプロダクションチームで、『Stankonia』(2000年)までのアウトキャスト作品を手がけたことでも知られている。また、ナールズ・バークレイなどでの活動で知られるアトランタのシンガー、シーロー・グリーンが本作に参加していることも重要。トラップの一般化など同地の音楽が現代のポップミュージックの大きな基盤になった事実に照らし合わせて、本作のローカルな人脈、つまりアトランタ性やアトランタ音楽としての側面が特別な意味を帯びていることはまちがいない。

 

〈CrazySexyCool〉な女性の多面性を表現

さらに重要なことに、現在の観点からも評価されている要因は、本作が女性性をテーマの一つにしていることが挙げられる。当時のライナーノーツにもあるとおり、女性をテーマにした曲が多いこのアルバムは、すべての女性が持つクレイジーな面(感情)、セクシーな面(性)、そしてクールな面(魅力)という多面性を様々な形で表現している。一面的な女性性の表現ではないのだ。

たとえば、ヒットシングルで本作を代表する名曲“Creep”は、恋人の浮気を知った女性が自身も秘かに浮気(creep)する歌詞だが、レフト・アイはファンへの悪影響を考慮してこれに反対。リミックス版で浮気への反意や妊娠で女性が被るリスク、HIV感染の危険性を警告し、セーフセックスについてラップしている。ちなみにT・ボズは“Creep”の歌詞について「自分のことになってしまった」と、ダルヴィン(ジョデシィ)との関係について語っているそうだ。この一曲を取り上げてレフト・アイとT・ボズの対比を見てみるだけでも、女性の心情の複雑性や多様なあり方が表れている。

また前述の“Waterfalls”は、こちらも“Creep”に似たシリアスなテーマ――ドラッグ売買に起因する殺人の問題やAIDSの脅威――を含んでいる。最初のバースでは麻薬取引に勤しむ息子を心配する母のことを歌い、〈別の死体が側溝で冷たく横たわる〉と締められる。2番目のバースはカジュアルセックスを楽しむ男についてで、〈3文字(HIVやSEX)〉が彼を最期の安息地へと運んだ、と歌われている。そしてレフト・アイは、コカインや銃撃についてラップ。〈滝、落ちていく水(waterfalls)〉がどんなものの暗喩なのか、〈落ちていく水を追いかけないで/慣れ親しんだ川や湖に留まって〉というコーラス(サビ)のリリックがどんな意味なのか、これで理解できるはず。サウンドだけを聴いているとただひたすらに心地よいものの、歌詞やミュージックビデオに目を向けると、実は当時の(特に黒人の)若者たちを守ろうという意志が込められた、ヘビーな曲なのだとわかる。

一方“Sexy (Interlude)”は、チリとショーン・コムズ(パフ・ダディ)が電話口で「……してほしい。あっ……」「何をしてほしいんだ?」なんてやりとりをしているが、エロティックな誘惑の会話かと思ったら、チリが「ティッシュを取って……。ケツを拭くから!」と叫んでトイレを流す音で終わる、というコント仕立ての内容。こういう下品であっけらかんとしたユーモアも、TLCらしい女性のある一面の表現だと言えるのではないだろうか。