左から、デヴィッド・ブライアン(キーボード)、エヴァレット・ブラッドリー(パーカッション/バックヴォーカル)、ヒュー・マクドナルド(ベース)、ジョン・シャンクス(ギター)、フィル・X(ギター)、ジョン・ボン・ジョヴィ(ヴォーカル)、ティコ・トーレス(ドラムス)
夜明けのランナウェイから40年、7人組に進化したバンドはついに永遠へと到達した。幾多の苦悩を乗り越えた現在、みんなの待ち望んだボン・ジョヴィがここにいる!
歓喜への回帰
リリースに先駆けてジョン・ボン・ジョヴィ(ヴォーカル/ギター)が語ったところによると、ボン・ジョヴィ4年ぶりのアルバム『Forever』は、パンデミックや、その影響下で内省的な作品になった前作『2020』からの〈歓喜への回帰〉が大きなテーマとしてあるという。

「曲作りからレコーディングのプロセスまで、一貫してね!」――そんなジョンの言葉を裏付けるのが、3月に発表された先行シングルにしてアルバムの1曲目を飾る“Legendary”だ。いわゆるハートランド・ロック調のこのアンセムは、ジョンが海外メディアに語ったところによると、萎縮した声帯を再建するという、もしかしたらヴォーカリストとしては致命傷になるかもしれない難しい手術にミュージシャン人生を賭けるジョンを支えた妻、ドロシアに対するオマージュなのだという。いち早くジョンの喉の不調に気づき、彼に伝えたのもドロシアだったそうだ。
〈僕には茶色い瞳の女の子がいる。彼女は僕を信じているんだ〉というヴァン・モリソンの“Brown Eyed Girl”をモチーフにした“Legendary”のパンチラインが、ジョンを励まし続けた妻のことであることをジョンも認めている。ジョンが言う〈歓喜への回帰〉は、ふたたび歌えるようになったことも指しているのかもしれない。
気象災害から人々を守るSDM(特別災害対策本部)の奮闘を描くフジテレビ水10ドラマ「ブルーモーメント」の主題歌に使われている“Legendary”を作る際、ジョンたちがスタジアムに集まった大観衆が声を上げる光景を思い描いていたことは、聴く者を鼓舞するシンガロング・コーラスと頭打ちのドラムから、まず間違いないと思うが、前述の“Brown Eyed Girl”に加え、ジョンたちは歌詞にもう1曲、ロック・クラシックのタイトルを引用している。ニール・ダイアモンドの“Sweet Caroline”だ。
“Brown Eyed Girl”と同じく恋する女の子への気持ちを歌った、その“Sweet Caroline”は69年のヒット・ナンバーだが、近年さまざまなスポーツの試合で観客が歌うチャントとしてリヴァイヴァルしているそうで、しかもボン・ジョヴィの“Livin’ On A Prayer”とメドレーで歌われることもあるようだ。〈俺たち全員で“Sweet Caroline”をシンガロングする〉という一節は、その光景――声を出すことができなかったパンデミック下のライヴから、ふたたびパンデミック以前のライヴができるようになったことを祝福しているようにも聞こえる。
立ち上がってくれる友達
ところで、今回バンドは、これまでサポート・メンバーだったエヴァレット・ブラッドリー(パーカッション/バッキング・ヴォーカル)と、プロデューサー兼ソングライターのジョン・シャンクス(ギター)を正式メンバーに迎え、7人編成になっているのだが、ジョンは“Legendary”で〈俺のために立ち上がってくれる友達がたくさんいるんだ〉と歌っているのだから泣かせるではないか。
その言葉通り、前作『2020』で全10曲中8曲を一人で書いていたジョンは今回、全12曲中10曲を以前のようにジョン・シャンクスら多くのソングライターたちと共作している。しかも、ビヨンセ他のヒット・ナンバーを書いてきたライアン・テダー(ワンリパブリック)をはじめとするソングライター陣の中にはジェイソン・イズベルとエド・シーランもいるのだから驚きだ。
いまやアカデミー受賞アーティストとは言え、もともとジェイソン・イズベルはグランジ上がりのサザン・ロック・バンド、ドライヴ・バイ・トラッカーズのギタリストとしてロック・ファンに名前を知られるようになったミュージシャンだ。2007年にソロに転じると、依存症を克服しながら精力的に活動を続け、これまで3つの作品がグラミーの最優秀アメリカーナ・アルバム部門を受賞している。そんなジェイソンにとって、ボン・ジョヴィのアルバムに参加することは、ある意味、勲章みたいなものだ。
音楽活動にとどまらない慈善活動が認められ、今年2月に〈ミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー〉に選ばれたジョンを称えるコンサートにジョニ・ミッチェル、ブルース・スプリングスティーンらと共に出演したジェイソンは、ボン・ジョヴィ“Wanted Dead Or Alive”のカヴァーを披露した。おばさんの影響で子どもの頃からボン・ジョヴィを聴いていたというジェイソンは、この曲を7歳の頃からギターで弾いていたそうだ。
そんなジェイソンがジョン、ジョン・シャンクスと共作した“Waves”は泣きをたっぷりと含んだバラード……なのだが、ジョンの熱唱や、音色を歪ませたハードなギター・リフを踏まえると、ロック・バラードという表現が相応しい。
一方、説明不要の不世出のシンガー・ソングライター、エド・シーランがジョンと2人で書いた“Living In Paradise”はメロウなポップソング。サビでぐっと盛り上げる展開は、いかにもボン・ジョヴィながら、ディレイを掛けたリズム・ギターも含め、さらにポップに振り切った印象も。しかし、そういう試みが異色にならない曲の振り幅が今回の『Forever』にはある。
7人での新境地
その意味では、ストリングスも使いながら、大人の魅力を打ち出したバラードの“Kiss The Bride”、グルーヴィーなリズムがゴキゲンなファンク・ナンバー“The People’s House”、スライド・ギターも鳴るカントリー・バラードの“Hollow Man”が聴きどころと言えるかもしれない。おもしろいのは、ジャム・セッションで作ったように聴こえる“The People’s House”をジョンが一人で書いていることだ。
7人全員がひとつになって演奏を楽しめるような曲が今回のアルバムには必要だと考えたのかもしれない。エヴァレットのパーカッションが際立つアレンジは、ジョンが曲を書いた時から考えていたものなのか、それとも完成させるプロセスで出てきたものなのか。いずれにせよ、正式メンバーになったエヴァレットにも活躍してもらおうとメンバー全員が考えていたんじゃないか。そんなふうに想像が膨らんでしまうところも『Forever』の聴きどころだろう。
昔からのファンには“Living Proof”と“Walls Of Jericho”がオススメだ。ともに80年代のボン・ジョヴィを彷彿とさせるロック・ナンバーなのだが、ハード・ロッキンな前者では、“Livin’ On A Prayer”や“It’s My Life”同様にトーキング・モジュレーターまで使っているんだからたまらない。
会心の一枚なのだろう。ジョンもこう言っている――「ヴォリュームを上げて、みんなが待ち望んでいたボン・ジョヴィを感じてほしい!」。
さまざまな〈歓喜への回帰〉を謳いながら、バンドのさらなる新境地を印象づける『Forever』。デビュー40周年を迎えたこのタイミングで、バンドが〈いつまでも〉と掲げていることが何よりもうれしいじゃないか。 *山口智男
ボン・ジョヴィのニュー・シングル“Legendary”(Island/ユニバーサル)
上から、ジョン・シャンクスが手掛けたシェリル・クロウの2024年作『Evolution』(Big Machine)、デヴィッド・ブライアンの手掛けた2021年のサントラ『Diana: The Musical Original Broadway Cast Recording』(UMe)、ヒュー・マクドナルドが参加したスティーヴ・フォーバートの2022年作『Moving Through America』(Blue Rose)、フィル・Xが客演したコラテラルの2022年作『Rewired』(Big Shot)
参加ソングライター陣の関連作品。
左から、ワンリパブリックのベスト盤『OneRepublic -Japan Paradise Tour Edition』(ユニバーサル)、ジェイソン・イズベル・アンド・ザ・400ユニットの2023年作『Weathervanes』(Southeastern)、エド・シーランの2023年作『Autumn Variations』(Gingerbread Man)

祝40周年! 超駆け足で振り返るボン・ジョヴィのヒストリーとディスコグラフィー
日本記念日協会によってこのたび5月21日が〈ボン・ジョヴィの日〉に制定された。これは40年前=84年の同日にボン・ジョヴィのファースト・アルバム『Bon Jovi』が日本盤リリースされたことに由来するものだ(邦題は『夜明けのランナウェイ』)。それから40年もの歳月が流れたものの、長年かけて培われてきた日本のリスナーと彼らの絆は固い。自身のネタで“It’s My Life”を使用してきたなかやまきんに君は現在バンドの〈公式アンバサダー〉を務めているし、ひと昔前には公式の映像に替え歌を乗せたCMがあったことを記憶している人もいるだろうが、そのような楽しまれ方すら許容されるぐらい、日本におけるボン・ジョヴィの支持には揺るぎないものがあるのだ。日本盤リリースからわずか3か月後に〈SUPER ROCK ’84 IN JAPAN〉出演のため初来日を果たした彼らをいち早く発見し、頂点へと駆け上がる過程を目撃してきたのは日本のリスナーにとっての美しい思い出に他ならない。感激したバンド側が“Tokyo Road”(85年)を書いたというのもよく知られた話だ。そんな関係をバックグラウンドに、海外アーティスト初の5大ドームツアー(2003年)を行うなど、ライヴ動員の面でも彼らが日本における〈洋楽〉アクトのさまざまな先例を作ってきたのは言うまでもない。ここでは40周年の節目に改めて彼らの足取りを簡単に辿っておくことにしよう。

飛躍的な成功
ニュージャージー出身、62年生まれのジョン・フランシス・ボンジョヴィ(綴りはBongiovi)は、13歳だった75年に最初のバンドで演奏活動を始めている。16歳のときには友人のデヴィッド・ブライアン・ラッシュバウム(キーボード)とバンドを結成して活動するも、デヴィッドは医業を志してバンドは解散。その後のジョンは従兄トニー・ボンジョヴィが共同所有するマンハッタンのパワー・ステーション・スタジオに職を得て、業務の傍らプロ・デビューをめざしてデモを録音していた。そこで評価されたのが81年に録音された“Runaway”で、82年には地元の敏腕スタジオ・ミュージシャンと再録音。そこで演奏したなかにベーシストのヒュー・マクドナルドがいた。翌83年になってローカルのラジオで同曲が話題になると、レコード契約をめざすジョンはサポートのためにバンド・メンバーを集めることになり、旧知のデヴィッドに連絡。そこからアレック・ジョン・サッチ(ベース)とティコ・トーレス(ドラムス)が集まり、ジョンの友人デイヴ・セイボ(後にスキッド・ロウを結成)がギターに加わった。その短いツアー後、アレックとティコを介して出会ったリッチー・サンボラ(ギター)が加入し、クラシック・ラインナップが揃った。
バンドが地元のタレントショウなどで名を広めていくとやがてマーキュリーの目に留まって契約が成立。ジョンはジョニー・エレクトリックというバンド名を希望していたが、スタッフからはヴァン・ヘイレンの例に倣って2単語のバンド名を提案され、バンド名はジョンの姓を綴り変えて〈Bon Jovi〉に決まった。
そこから初作『Bon Jovi』(84年)、2作目『7800° Fahrenheit』(85年)と着実にステップアップ。そこから大きく飛躍するために彼らはプロのソングライターであるデズモンド・チャイルドと手を組んで曲作りを磨き上げ、ブルース・フェアバーンのプロデュースで3作目『Slippery When Wet』(86年)を制作したのだ。同作が全米1位を8週間キープし、そこから“You Give Love A Bad Name”“Livin’ On A Prayer”という2曲のNo.1ヒットを生んだのは、躊躇なく外部の血を取り入れるこのアプローチ変更の成果だろう。その絶大な成功は世界を飛び回る多忙なツアー生活と作品へのプレッシャーを招くことになるが、4作目『New Jersey』(88年)も世界的にヒットを記録。ただ、1年を超える世界ツアーに疲弊した彼らはバンドの活動休止を選んでいる。
変化への柔軟さ
その間にジョンはマネージメントら周囲のスタッフを入れ替えてみずから代表となり、相互の意見の相違などを解決して92年の5作目『Keep The Faith』からふたたびバンドを動かしはじめる。多くの80年代スターにとって90年代は厳しいものになったが、デビュー10周年の94年にはバラード“Always”がキャリア屈指のヒットとなり、いわゆるハード・ロックの流れに収まらないバンドの新生面を打ち出した。同年にはアレックがバンドを脱退するも、ベースの後任としては先述のヒュー・マクドナルドをサポートに迎えて活動を継続していく。
以降はジョンが求心力を高めながらバンドを牽引し、00年代半ばからは売れっ子プロデューサーのジョン・シャンクスが共同制作を務めるようにもなって、その安定感はいよいよ磐石なものとなった。健康問題から一時休養したこともあったリッチーが2013年にバンドを離脱したことは、大きな危機だったに違いないし、ファンには寂しい報告だったはずだが、80年代の再現を望むのでもなければ、ジョン・シャンクスらと新たに形成してきたコンテンポラリーなボン・ジョヴィの新王道スタイルに大きな変化がもたらされることはなく、ライヴ・サポートを務めたフィル・X(ギター)が2016年から新加入し、そのタイミングでヒュー・マクドナルドも正式メンバーに昇格。
そして、このたびのニュー・アルバム『Forever』のタイミングから、プロデューサーのジョン・シャンクスとサポート・メンバーのエヴァレット・ブラッドリー(パーカッション)も正式メンバーに加えた7人組となっている。こうした柔軟な変化は、音楽シーンのさまざまな変化を勝ち抜いてきたボン・ジョヴィとジョンの長寿ぶりを象徴する出来事になるのかもしれないし、さらなる変化に可能性の余地を残しているとも言える。文字通りの“Legendary”な存在は本当に『Forever』なのかもしれない。 *轟ひろみ
左から、94年のベスト盤『Cross Road』、2001年のライヴ盤『One Wild Night Live 1985–2001』、2003年のアコースティック盤『This Left Feels Right』、2010年のベスト盤『Greatest Hits』、2012年のライヴ盤『Inside Out』(すべてMercury)、2016年のライヴ盤『This House Is Not For Sale: Live From The London Palladium』(Island)

“Runaway”の盛り上がりをきっかけにメンバーを揃えて制作されたファースト・アルバム。出会ってすぐ意気投合したというジョンとリッチーの共作が全体の輪郭を整える一方、キャリア唯一の外部提供曲“She Don’t Know Me”もある。

キャリア上もっとも見過ごされている、ランス・クインがプロデュースした2作目。“In And Out Of Love”などバンド像を固めていく過程の佳曲もありつつ、ティコを含む4名での共作などもあって試行錯誤の跡が窺える。“Tokyo Road”はここに収録。

ブルース・フェアバーンをプロデュースに迎えた3作目にして世界的なブレイク作。明確にヒットを意識してデズモンド・チャイルドと共作した4曲のうち、“You Give Love A Bad Name”と“Livin’ On A Prayer”が全米1位に輝いた。他にも“Wanted Dead Or Alive”“Never Say Goodbye”といった硬軟自在な人気曲が並んでいる。

ブレイク後の重圧に苦しみつつ、連続で全米No.1を奪った4作目。引き続きフェアバーン制作でボブ・ロックがエンジニアを務め、全米1位の“Bad Medicine”と“I’ll Be There For You”を筆頭に前作の成功要因にフォーカスしてまとめられた雰囲気だ。一方で楽曲の幅は広がり、ノスタルジックに友愛を歌う名曲“Blood On Blood”もここに。

映画「ヤングガン2」のサントラ的な側面も備えたジョンの初ソロ作。雄大なスケール感のある表題曲はバンドで求められる姿とも近く、大ヒットを記録した。ジェフ・ベックが半数ほどの曲でギターを弾き、エルトン・ジョンやリトル・リチャードも参加。

自身の歌とギターでブルース・ロック寄りの作風を披露した初のソロ作。ベースにトニー・レヴィンを迎えつつティコとデヴィッドがバックを固め、『New Jersey』用にジョンと共作していた“Rosie”もある。憧れのエリック・クラプトンが参加。

髪を切ったジョンのニュールックや渋いジャケに象徴されるように、よりロウなオルタナ時代の到来に対応した5作目。80s的な光沢を廃したボブ・ロックのプロダクションもダンサブルな新基軸の表題曲などを新鮮に輝かせ、バンド像の巧みな転換に成功している。ドラマティックなパワー・バラードの“Bed Of Roses”がヒットを記録。

アレック脱退を経た4人組での初アルバムは、ピーター・コリンズとの共同プロデュース。“Something For The Pain”や“Hey God”などの荒削りなロックは90年代的な暗さも纏っている。ベースのヒュー・マクドナルドはここからレギュラー参加。

デイヴ・スチュワートをプロデュースに迎えたソロ2作目。前作とは違ってバンドとはまったく違うアダルト・コンテンポラリー的な側面を強め、成熟した歌い口も相まって〈大人のポップ・アルバム〉といった風情だ。鍵盤でデヴィッド・ブライアンが参加。

久々に組むはずだったフェアバーンの逝去によって方針転換しつつ、そこでの原点回帰な側面とルーク・エビンによるサウンドのアップデート作法がうまく融合した復権作。“It’s My Life”を共作したマックス・マーティンのほか、ビリー・ファルコンが共作者に初登場。スプリングスティーン的な“Just Older”や若々しい“One Wild Night”も光る。

引き続きルーク・エビンが制作の核を担い、〈9.11〉の影響を反映したメッセージ性の高まりとマチュアな音作りをメインストリーム感覚で束ねている。先行ヒットの“Everyday”から“Bounce”まで安定感のある楽曲が揃った佳作だろう。

プロデュースに初起用のジョン・シャンクスが多くを共作した9作目。前年の大統領選への反応となる表題曲がパワフルに響く。ジェニファー・ネトルズ(シュガーランド)を迎えた“Who Says You Can’t Go Home”はカントリー・チャート首位を獲得。

約20年ぶりに全米1位を記録した10作目。シャンクスとダン・ハフが半分ずつを手掛け、ナッシュヴィルの作家陣も交えた作風はカントリーに傾倒している。とはいえ、ドライヴ感のある表題曲も感傷的なバラード“(You Want To) Make A Memory”も過去からのグラデーションで捉えられるものだ。ビッグ&リッチやリアン・ライムスが客演。

引き続きシャンクスの共同プロデュースで全米No.1を獲得したロック回帰作。ベスト盤の制作を先送りして取り組んだ意欲的な内容で、アンセミックな“We Weren’t Born To Follow”に往時の姿も忍ばせつつ、全体には不況の時代の空気も漂う。

結成30周年の節目に届いた一作。スケールの大きい“Because We Can”や表題曲などミレニアム以降の路線を集大成したようなアダルト作法の王道作品に。3作連続で全米1位に輝くも、リッチーが参加した現時点で最後の作品となった。

マーキュリーとの契約満了のために仕上げられたコンピレーション的な位置付けの作品。リッチーとの共作曲がある構成からもわかるように過去に未完成だった音源も含めてまとめられている。シングル“We Don’t Run”のような新曲も収録。

アイランドと契約し、ヒュー・マクドナルドとフィル・Xが正式加入した5人組で作り上げた初のアルバム。一方ではジョンのソロ的な色合いが強まっているのは、いろんな意味でスプリングスティーン的な作法が身についてきた結果だろう。シャンクスとの息の合ったアダルト・コンテンポラリー路線もあってまたまた全米1位を記録。

そもそも大統領選へ向けて準備されていただけに、自国を憂う問題意識が満載。BLM運動への支持を歌う“American Reckoning”などコロナ禍での延期中に生まれた曲も含め、大半はジョン一人の作。まさにジャケと表題が示す通りの一枚だ。