Page 2 / 6 1ページ目から読む

OTKも追いつくのに必死

――アルバムタイトル『放生会(ほうじょうや)』は、椎名さんの地元・博多の有名なお祭りの名前なんですよね。元々は〈放生会(ほうじょうえ)〉という、捕獲した魚や鳥獣を野に放して殺生を戒める、インド起源の仏教的な宗教儀式なのだそうですが。

「博多の放生会は椎名さんも親しみを持っていらっしゃる地元のお祭りだそうですが、数年前に行こうとして諦めたとおっしゃっていました。人が多すぎて入れなかったそうです」

――さらに今回、情報解禁された5月27日に7曲が先行配信され、28日に6曲のミュージックビデオが公開される、という突然の供給過多な状況もすごかったですね。

「OTKは特別な訓練を受けていて、供給過多と放置による〈飴と鞭〉のプレイに慣れておりますが、今回の供給過多具合にはてんてこまいで大騒ぎでした。感情が追いつかないです」

――MVには、宇多田ヒカルさんを除く豪華なゲスト〈7人の歌姫〉も超強力な演奏メンバーも出演されていましたね。

「私のお気に入りは、1曲目の“ちりぬるを”と3曲目の“生者の行進”です。もちろん、全曲素晴らしいのですが! 今回は複数の曲が先行で一気に出て、そのすぐあとにアルバムがリリースされたので、OTKもまだ追いついていないというか、受け止めて解釈するのに必死で大変でした(笑)」

――5月27、28、29日は怒涛の3日間でしたね。新宿店では店頭販売もやったんですよね?

「天候の関係で1日だけ叶いませんでしたが、発売日の水曜日は天気が幸いし、Flags(タワーレコード新宿店が入っている商業施設)の1階での販売は大盛況でした。大々的に立てた看板をはじめ、今回のビジュアルのおめでたい色が街行く方々の目を引いていましたね」

吉野さんが執筆したアルバム全曲の感想と『放生会』仕様のネイル

――ところで吉野さんのそのピンクのネイル、『放生会』仕様ですか?

「そうです(笑)。しばらくはプロモーションに勤しんでおりましたので、今週のお休みでようやく『放生会』仕様にスイッチできました」

 

ポップだけどヤバくて恐ろしいアルバム

――『放生会』は、前作『三毒史』と明らかに対照的な作りになっていますよね。女性シンガーとのデュエット曲を奇数曲に置いた今作、男性シンガーとのデュエット曲を偶数曲に配置した前作、というように。音楽的にも内容的にも少々シリアスでヘビーに感じた前作に対して、新作はポップで明るい点も対照的です。

「どの曲もキャッチーで聴きやすく、構造自体がわかりやすいものではあるのですが、だからこそ歌詞をしっかり読み込んでいただくと、相変わらずプロとしての〈仕事〉が浮き彫りになる作品だなと。

椎名さんって、一般的にはクールな印象をお持ちの方も多いかと思うのですが、OTK目線からすると、ご本人はおふざけが好きだったり、かわいくてお茶目な一面もある方なんです。それが、今作で世に知れ渡ってしまった! どうしよう! でも嬉しいなと。

“余裕の凱旋”のMVでDaokoさんとアラレちゃんっぽい格好をされているのは、本当にかわいかったですよね……。歌詞に出てくるんですけど、かねてより椎名さんは〈800歳の妖怪〉だと噂されているんですよ(笑)。それをネタにして、ファンクラブのサイトに〈800歳の妖怪と呼ばれていますが……〉という文章を載せたりしてて。それをついに歌詞にして、全国公開しちゃったんだ! かわいい!!と思いました(笑)」

――Daokoさんとの“余裕の凱旋”、すごく好きです。かわらしい曲ですよね。それこそ、いちばん脱力しているというか。

「とはいえ、さっきも言ったように、ポップに仕上がっているんですけど、歌詞をきちんと読むと問題提起がしっかりなされているんです。逆に前作の方が、曲調と歌詞が合致していたこともあり、メッセージ的にはわかりやすかったもしれません。

POPを書き終えたあと、〈椎名さん、もしかして今回かなりヤバいものを作られた!?〉と気づいて(笑)。椎名さんが大好きなアーティストを呼ばれたコラボは賑やかだし、楽しい部分が取り沙汰されプロモーションされていますけど、私は前作より今作の方が恐ろしいな……という印象です。改めて椎名さんの〈仕事〉が顕著に表れた作品になりましたね」

 

人生に必ず訪れる別れの先で、お守りになってくれる曲

――アルバムの宣伝文句には〈お弔いとお祭りとお祝いと〉とありますし、冒頭の “ちりぬるを”からして亡くなった人や動物への思いが込められていますもんね。お酒が頻出するのも、不謹慎や不道徳の象徴だとおっしゃっています。

「現代の我々の中に、お祭りに真剣に携わっている方は少ないと思うのですが、花火や露店のような華やかなものの背景にも歴史が相応にあるわけじゃないですか。なのでこのアルバムは、現代的な視点から見たお祭りそのものだと思って。パッと聴きは楽しくおもしろいのですが、その背後に確固たるテーマがちゃんとあることも提示されているなと」

――日本のお祭りって神様や仏様や祖先を祀る〈ハレ〉の行事ですし、政治の起源にも関係しますからね。

「ジャケットやパッケージの様々な場所に椎名さんの愛猫ユングが散りばめられているのですが、“ちりぬるを”にはユングを送り出す意味合いもあると思っています。MVでは喪服も着ていらっしゃいますし。

POPをいざ書こうと思ってこの曲を聴いたら、信じられないほど号泣してしまって、ティッシュをこのくらい(山のように)べしょべしょにしてしまって(笑)」

新宿店の展開にも様々な場所にユングが

――重い歌詞でもあるから中嶋イッキュウさんと歌うことで中和させた面もある、というような説明もされていましたね。

「身近な人や生き物が亡くなる別れの経験って人生で必ずあることですが、亡くなった本人に対して何かを言える機会はなくなってしまうわけで、思いを言葉にすることもなくなるんですよね。その行き場のない言葉を“ちりぬるを”という曲で具現化されてしまったので、大泣きですよ(笑)。

〈あのことを言わなかった〉〈ああしておけばよかった〉と後悔しても、相手が生きていれば伝えられる。でも、亡くなった相手にはできない。死んでしまった人に恨み言は言えない。置いていかれた我々がこの先、生きていくにあたってお守りになる曲、必ずある別れが訪れるたびに思い出すことになる曲だと思います」

――なるほど。

「椎名さんの曲って、〈あたかも自分のことを歌っているかのように錯覚する〉とよく言われますが、まさにそういう曲ですね。私のことを歌っているのではないかと錯覚してしまう、自分の体験に引き寄せてしまう曲でした。

今、歌詞を読んでもしんどくて、〈うっ……〉となります。私にとってはまだ、ニコニコと笑って話せる曲ではないです」