――プログラムには日本とのつながりも見られますね。まずは武満徹、そして彼の音楽との関係について話していただけますか。
「私にとって武満は、日本の現代音楽界の王でした、彼の幅広いヴィジョン、古くからの日本の伝統とクラシックの現代音楽の世界を結びつけた素晴らしい独創性は、とても革新的でした。彼が私たちを日本に最初に招待してくれたのですが、私たちのために弦楽四重奏曲を書いてもらう機会がなかったことを残念に思います。私たちは、彼と日本の国内外で数回コラボレーションを行い、彼の弦楽四重奏曲をレコーディングしました」
――今回取り上げられている西村朗、細川俊夫の作品も長年に渡り演奏していますね。
「朗は、1990年東京のカザルスホールでの私たちの、彼の最初の弦楽四重奏曲“ヘテロフォニー”の演奏を聴いてとても感銘を受け、私たちのために彼の2番目の弦楽四重奏曲“光の波”を書いてくれました。ちなみに、1992年の“光の波”初演もカザルスホールで、当時の制作担当岡村春彦・雅子夫妻が日本でのコネクションづくりを助けてくれ、その後、雅子は私たちの日本のエージェントを長年務めてくれました。
私は今回、2013年に作曲された彼の5番目の弦楽四重奏曲“シェーシャ(聖蛇)”を選びました。この作品は私に献呈されたもので、ロンドンのウィグモア・ホールで、私の60歳の誕生日を祝う演奏会で初演されました。私も彼も1953年生まれで、巳年にちなみ、インドの神話に出てくる何千もの頭を持ち、大地を支える巨大な蛇をテーマとしているとのことです。私は今回の演奏をどちらも最近亡くなった朗と雅子に捧げたいと思っています。
私がダルムシュタット夏季現代音楽講習会で初めて俊夫に会ったのは80年代の初めでした。1987年に、私たちは彼の初期の弦楽四重奏曲“原像”をヨーロッパで演奏し始めたのですが、それを聴いた俊夫は、その後、3つの弦楽四重奏曲“ランドスケープI”、“沈黙の花”、“パッサージュ”、そして弦楽四重奏と管弦楽のための“フルス(河)”を私たちのために書いてくれました。私たちは出会って以来ずっと、緊密なコラボレーションを続けています。
2022年に私たちが武生国際音楽祭で演奏した時には、若い優秀なピアニスト、北村朋幹の演奏を聴いた私が、俊夫にピアノ五重奏曲を書いてくれるよう頼みました。こうして、書かれた新作“オレクシス”は、今年の3月7日、ベルリンのブーレーズ・ホールで世界初演されました。私たちがロンドンで最初のコンサートを行ってからちょうど50年にあたる非常に特別な日のコンサートでした」
――ちなみに、50年間の間にメンバーの交替がありましたが、それによってアルディッティSQの音楽に何か変化はありましたか。
「作曲家たちと一緒に互いの考えを出し合って練った、それぞれの作品の演奏方法は、私と過去のメンバーから新しいメンバーに伝えられてきています。もちろん、彼らの音、彼ら独自の演奏の仕方があり、それが新たな要素として加えられるのも確かですが、元のコンセプトは、かなりしっかりと残り続けていると思います」
――最後に日本の聴衆に一言メッセージをお願いします。
「アルディッティSQ、または単独でもう25回も日本を訪れていますが、毎回日本の聴衆の集中力と真摯な態度に感激します。日本には、長い期間を経て、私たちが提供するものを貪欲に受け取ってくれるオーディエンスができたのだと思います。これからも楽しく来日公演を続けられ、日本のファンの皆さんにたくさんの刺激を与えることができたらと思っています」
お詫びと訂正
6/20発行号(vol.170)、P.9アーヴィン・アルディッティ氏へのインタヴュー記事中、細川俊夫さんの弦楽四重奏曲の曲名を、間違えて表記してしまいました。申し訳ございませんでした。アーティストならびに関係者の皆様、読者の皆様にご迷惑をおかけ致しました。
ここに深くお詫びし、訂正させていただきます。
(誤)“現像”→ (正)“原像”
Irvin Arditti(アーヴィン・アルディッティ)
1953年、ロンドンに生まれ、16歳で英国王立音楽院に入学。76年にロンドン響に入団し、2年後に25歳でコ・コンサートマスターに就任したが、在学中の74年に結成したアルディッティ弦楽四重奏団に専念するため、80年に退団した。現代音楽の世界で最も重要な演奏家の一人であり、アルディッティ弦楽四重奏団の第一ヴァイオリン奏者としての伝説的なキャリアに加え、多くのソロ作品にも生命を吹き込んでいる。2017年にはパリでシャルル・クロ・グランプリ・イン・オノレム(生涯功労賞)を授与された。また13年にアルディッティと作曲家ロベルト・プラッツによる書籍「The Techniques of Violin Playing」がべーレンライター社から、そして23年にはマインツのショット社から自著の伝記が発売された。
寄稿者プロフィール
柿市如(かきいち・ゆき)
音楽ライター 東京芸術大学楽理科修士課程終了後、渡仏。パリ第8大学でDEA(高等研究学位)取得後、フランスから「レコード芸術」、「モーストリー・クラシック」、『CDジャーナル」等に寄稿。「コモンズ・スコラ第15巻20世紀音楽II』楽曲解説をはじめとした書籍への執筆参加のほか、「クセナキスは語る」(青土社)など翻訳を行っている。
LIVE INFORMATION
サントリーホール サマーフェスティバル2024
ザ・プロデューサー・シリーズ
アーヴィン・アルディッティがひらく
室内楽コンサート1
2024年8月22日(木)ブルーローズ(小ホール)
開演:19:00
武満 徹:『ア・ウェイ・ア・ローン』弦楽四重奏のための(1980)
ジョナサン・ハーヴェイ: 弦楽四重奏曲第1番(1977)[日本初演]
細川俊夫:『オレクシス』ピアノと弦楽四重奏のための(2023)
ヘルムート・ラッヘンマン:弦楽四重奏曲第3番「グリド」(2000/01)
出演:アルディッティ弦楽四重奏団/北村朋幹(ピアノ)
室内楽コンサート2
2024年8月25日(木)ブルーローズ(小ホール)
開演:15:00
エリオット・カーター:弦楽四重奏曲第5番(1995)
坂田直樹:弦楽四重奏曲[サントリーホール委嘱](2024)[日本初演]
西村 朗: 弦楽四重奏曲第5番「シェーシャ」(2013)
ハリソン・バートウィッスル: 弦楽四重奏曲「弦の木」(2017)
出演:アルディッティ弦楽四重奏団
室内楽コンサート3
2024年8月25日(木)ブルーローズ(小ホール)
開演:19:00
ブライアン・ファーニホウ: 弦楽四重奏曲第3番(1986~87)
ジェームズ・クラーク: 弦楽四重奏曲第5番(2020)
ロジャー・レイノルズ: 『アリアドネの糸』*(1994)
イルダ・パレデス:ピアノ五重奏曲[サントリーホール委嘱](2024)[日本初演]
ヤニス・クセナキス: 『テトラス』弦楽四重奏のための(1983)
出演:アルディッティ弦楽四重奏団/北村朋幹(ピアノ)/有馬純寿*(electronics)
オーケストラ・プログラム
2024年8月29日(木)大ホール
開演:19:00
細川俊夫:『フルス(河)』~私はあなたに流れ込む河になる~弦楽四重奏とオーケストラのための(2014)
ヤニス・クセナキス:『トゥオラケムス』90人の奏者のための(1990)
ヤニス・クセナキス:『ドクス・オーク』ヴァイオリン独奏と89人の奏者のための(1991)
フィリップ・マヌリ:『メランコリア・フィグーレン』
弦楽四重奏とオーケストラのための(2013)
出演:アルディッティ弦楽四重奏団/ブラッド・ラブマン(指揮)/東京都交響楽団
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2024/producer.html