展覧会から伝わってきた人生で貫き通した審美眼
高橋幸宏がこの世を去って1年半の月日が経つ。以前、幸宏さん(敬意を込めてそう呼ばせて頂く)に取材した際に、父親を亡くした時のことを語ってくれた。といっても、たった一言だが「一人の人間がいなくなるっていうのは、すごくシュールなことなんです」という言葉が忘れられない。そして、幸宏さんがいなくなってから、そのシュールさを多くの人々が感じているに違いない。いるはずの人がいない不条理さ。幸宏さんの存在を感じていたい、という気持ちから、幸宏さんに関する作品がリリースされたりイヴェントが組まれてきた。
今年1月には、教授(坂本龍一)が音響の監修をした映画館、109シネマズプレミアム新宿で幸宏さんのライヴ映像作品「Saravah Saravah!」を上映。教授が昨年3月に亡くなったこともあって、教授が整えたサウンドで幸宏さんの映像を観るのは感慨深かった。また、幸宏さんの盟友、鈴木慶一が東芝EMIの音源を選曲したベスト盤『THE BEST OF YUKIHIRO TAKAHASHI (EMI YEARS 1988-2013)』をリリースしたのを皮切りに、2023年12月から2024年5月まで半年間に渡って、14タイトルがリマスターを施されて紙ジャケ再発された。『EGO』(89年)から『Page By Page』(09年)までのEMI期の作品は、YMOの散開を経て幸宏さんがソロミュージシャンとしてアイデンティティを確立していった記録だ。
そうした映画の上映や再発が続いたなか、幸宏さんの誕生日である6月6日から東京・代官山のヒルサイドテラスで高橋の業績を振り返る展覧会〈YUKIHIRO TAKAHASHI COLLECTION Everyday Life〉が開催された。開催に先立って、6月2日にFMラジオで「J-WAVE SELECTION YUKIHIRO TAKAHASHI COLLECTION “EVERYDAY LIFE”」という特番がオンエア。慶一さんがナビゲーターを務め、幸宏さんの兄で音楽プロデューサーの高橋信之、姉でファッションブランドの広報として長いキャリアを持つ伊藤美恵がゲストで参加した。
この番組で興味深かったのは、信之さんや美恵さんから見た弟の姿だ。幸宏さんは物心がついた頃から兄や姉にくっついて音楽やファッションの現場に触れていたそうで、「いつも黙って私たちがしていることを見ていた」という2人の発言から幸宏さんが兄や姉から大きな影響を受けていたことがわかった。慶一さんは幸宏さんとの思い出を語ったが、最初に番組でかけた曲が幸宏さんとのユニット、ビートニクスの“ちょっとツラインダ”。「いまムネにポッカリ アナがあいて ちょっとツラインダ」という歌詞が慶一さんの心境を表していた。番組の最後に慶一さんは、「ビートルズの最後のシングル曲のタイトルが、昔(ビートニクスで)幸宏が書いた曲と同じ“Now And Then”だということを幸宏に伝えたい」とコメント。幸宏さんが元気だったら、その偶然は2人にとって最高の酒の肴になっただろう。
番組内で紹介された〈YUKIHIRO TAKAHASHI COLLECTION Everyday Life〉は、幸宏さんのミュージシャンとしてのキャリアを振り返りながら、その人柄も浮かび上がらせる展覧会だった。会場に入ると、まず置いてあるのがドラムセット。バスドラのヘッドにはSKETCH SHOWのロゴが入っている。そして、展示プレートにはSKETCH SHOWのパートナー、細野晴臣が幸宏さんの訃報に触れて発表した追悼文が記載されている。「彼の厳しい審美眼は僕をずっと観察していたに違いない」という一文に触れて、幸宏さんが少年時代に兄や姉を静かに見つめていた眼差しを思い出し、細野さんが感じた〈審美眼〉は幸宏さんを知るうえで重要なキーワードだと思った。