タワーレコード新宿店~渋谷店の洋楽ロック/ポップス担当として、長年にわたり数々の企画やバイイングを行ってきた北爪啓之さん。マスメディアやWeb媒体などにも登場し、洋楽から邦楽、歌謡曲からオルタナティブ、オールディーズからアニソンまで横断する幅広い知識と独自の目線で語られるアイテムの紹介にファンも多い。退社後も実家稼業のかたわら音楽に接点のある仕事を続け、時折タワーレコードとも関わる真のミュージックラヴァ―でもあります。

つねにリスナー視点を大切にした語り口とユーモラスな発想をもっと多くの人に知ってもらいたい、読んでもらいたい! ということで始まったのが、連載〈パノラマ音楽奇談〉です。第15回は、前回で極私的回顧録を綴ってもらった大野雄二さんの、サブスクやレコードでは聴けないレアCDについて。 *Mikiki編集部

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今回は連載内不定期連載の第1弾として、現時点ではサブスクでもレコードでも聴くことの出来ないレアCD音源の特集レビューをお送りします。

最初に、ここで取り上げる〈レアCD〉の定義付けをしておきましょう。

1. 廃盤や生産中止などにより現在では入手困難なアルバムやシングル
2. 過去にリリースされた楽曲のCD化/再発ではない。つまりCD音源がオリジナル
3. サブスクで配信されていない
4. 大野雄二自身が制作に携わっている。なので他者によるカバーやリミックスは除外
5. アルバム中の1、2曲だけ関わっている楽曲もセレクトすると瑣末になりすぎるので、今回は割愛

現在の一般的な音楽享受はサブスクが主流となり、フィジカルではレコード人気が再燃して久しいですが、だからといってCDがオワコンになってしまったとは思っていません(タワーレコード渋谷店でも中古CDを扱い始めたし)。CDでしか聴くことの出来ない曲もまだ無数にあるのだから、それをディグして楽しむこともまた一興ではないですか。

 

ルパン関連のレアアルバム

さて、ここはやはり「ルパン三世」のCDから始めたいところですが、有り難いことにルパン関連はレーベルの尽力によってそのほとんどがサブスクで聴ける状況です。ここでは数少ない未配信アルバムから2枚を取り上げます。

 

『ルパン三世 聖夜泥棒』(92年)

5月20日に増山江威子さんが逝去されたことは本当に残念でなりませんが、彼女の魅力を堪能出来るCDの筆頭といえば、このクリスマスをコンセプトにした企画盤でしょう。イヴの夜に約束していたルパンが現れずにやきもきする不二子……といったストーリー仕立てで、曲の合い間に短いトークドラマが挿入されています。増山不二子ファンにとっては最高のクリスマスプレゼントですが、収録されている曲がまたどれもこれも素晴らしい。

まず注目すべきは増山さんが歌う“Love Squall (FUJIKO’s version)”。つまり峰不二子のテーマ曲を本人が歌っているわけですが、これがとてもキュートでたまりません。数多くのカバーが存在する名曲ですが、サンドラ・ホーンのオリジナル版に比肩するのはこの増山版しかないと私的には思うのです。

そして、しばたはつみが歌う“イヴのテーブル”と尾崎紀世彦の“クリスマス・エトランゼ”。ともに大野さんとは旧知の実力派シンガーが、不二子とルパンそれぞれの心情を描いた歌を熱唱するのだから良いに決まっている。もし僕がルパン楽曲でプレイリストを作るならば両曲とも絶対に外せないですね(サブスクにないから紹介してるんだけど)。

大空はるみによる“Nuit Feerique”は「ルパン三世 PART III」のEDでソニア・ローザが歌った“フェアリー・ナイト”のフランス語バージョン。余談ながら『「人間の証明」オリジナル・サウンドトラック』に収録のフリーソウルなディスコチューン“Get Up The All The People”を歌うロリータ・ヤー・ヤは、大空はるみの変名です。さらにインストでもレコメンド必至なのが“Party A Go Go”。洒脱な女性コーラスとワウギター、フルートが印象的なアーバングルーヴで、いまならばシティポップとしても評価されそうな逸品。

増山さんの訃報と連載が重なったこともあり何度も聴き直してみましたが、ルパンの諸作中でも指折りの傑作だと思います。

 

『ルパン三世 トーキョー・トランジット』(93年)

『ルパン三世 聖夜泥棒』に続くコンセプトアルバム(結果的にこの2枚しか発売されなかった)で、フランス帰りのルパンが東京に一晩だけ立ち寄るという設定。前作に比べると大幅にモノローグが増えたので、ほぼ山田康雄のソロアルバム・フィーチャリング大野雄二といった趣。つまり79年に山田康雄 & YOU名義でリリースした歌と芝居のアルバム『せ・しゃれまん』の続編と捉えて間違いない作品で、実際に同じセリフ(しかもユウジに語りかける)があるのも泣かせるサプライズ。

前作に続いて大空はるみが歌うメロウなサンセットソング“Love Invitation”や、大野エリが伸びやかな歌唱を聴かせるスウィングナンバー“Motion Emotion”も魅力的ですが、やはり聴きどころはルパン……というよりも山田康雄が歌う3曲。男と女の機微をコミカルに歌い上げる“Mystery Street”、小曲ながら哀愁を帯びた“Solitude”。決して美声というわけではないのに、声の演技だけで歌詞の世界観に説得力を持たせる素晴らしさよ。

大野雄二の2022年作『大野雄二ベスト・ヒット・ライブ~ルパン・ミュージックの原点~』収録 “Memory of Smile(Piano Solo)”

そして何よりも特筆すべきは“Memory of Smile”。のちに幾多のバージョンを生み、ライブでは定番のクロージングナンバーでもある名バラードのオリジナル版はじつは本作に収録されているのです。残念ながら山田さんはこの2年後に帰らぬ人となりますが、まるでそのことを予見したかのような、しかも親友の大野さんの立場から歌っているような歌詞と寂しげな歌唱に、涙する以外一体どうすればいいのでしょう。