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作りたいから作るという意志を貫いてきた

――これほどアルバムに全力投球のバンドって、今なかなかいないと思います。アルバムというフォーマットに対してどんな考えを持っていますか?

雄貴「僕らが音楽に出会った時、あるアーティストをいいなと思った時、音楽を聴く入り口がアルバムだったのは大きいんじゃないかな。今も僕はアルバムで音楽を聴くのが自然ですし。それこそ少年時代にレディオヘッドの『OK Computer』と『Kid A』のCDをゲオで借りてきて、友だちどうしで話したわけですよ。〈どっちが好きだった?〉〈『Kid A』はわかんなかったなー〉〈『OK Computer』にはかっこいい曲あるよね〉なんて。アルバムってそういうものじゃない?と思うんですよね。

好きなアーティストが1曲しか出してくれなかった時、がっかりしちゃうんです。〈1曲しか出さないなんて面白くないよ〉と音楽ファンとして思います。そこは忘れないでほしいな。アーティストが作ったワールドの中に呼び込んでよって思うんです。その世界に浸りたいし、浸ったうえでライブを見たいんですよね」

――本当にそうですよね。

雄貴「それは、僕らミュージシャンが啓蒙していくことだとも思います。曲を書いて送り出す僕らの意志でアルバムを作り続けて自信たっぷりに打ち出していかないと、リスナーがアルバムを聴く文化もどんどん消えていってしまう。〈えっ、アルバムを2枚も出すの?〉と聞かれたら、僕はそういう話をしますね。

ただ自分たちが〈よし、アルバムを作るぞ!〉と考えて制作しているかというと、そうでもない。作らなきゃいけないから作っているんじゃなくて、作りたいから作るという意志を貫いて守り通してきたのがGalileo Galileiなんです。周りのミュージシャンがぶつかっている壁は、アーティスト自身がゴーサインを出せないということなんですよね。決定権を他人に委ねちゃっている状態がよくないと思っていて。僕らはメジャーを離れて、自分たちでゴーサインが出せるようになったからこそ思うんですけど」

――この2作自体がメッセージやアティテュードの表明になっていますよね。

 

創作や表現が生活や人生の一部になっている

――制作経緯の話に戻りますが、曲を作っていって2作に割り振ったのか、2つのテーマに沿って曲を作ったのか、どちらでしたか?

雄貴「僕らの場合、サウンドが先にできて、そこに僕が歌詞をのせるので、作曲の時点でテーマはあまり考えていなかったですね。曲やMVのアイデアを思いつくこと、何かを作って表現することはみんなの生活と人生の一部に自然となっちゃっているので、〈よし、作るぞ!〉って構えなくてもどんどんできるんです。だから、それに任せていました。

不思議なことに僕らの作品って、自分たちがその時に考えていたことや僕らの身に起こったことが自然と表れているんです。しかも、それらに自分たちであとから納得することが多くて」

――なるほど。

雄貴「なので制作の後半、曲が出揃ったタイミングで振り分けましたが、面白いことに、ある曲を『MANSTER』に入れたら別の曲が『MANTRAL』から『MANSTER』に呼び戻される、みたいなことが起こって。曲数も当初は10曲ずつと考えていたのに、片方のアルバムの11曲目ができたらもう片方も11曲にしたくなっちゃって。それで止まらなくなった結果、14曲になりました。僕らの制作って予定は立てるけど、かなり行き当たりばったりなんですよね。でも、事故レベルにはならず間に合うんです」

――それもDIYで、ご自身たちで手綱を握っているからでしょうね。

雄貴「リスナーに作品を聴いてもらう前に他人に良い悪いを評価されるのが、すごく嫌なんです。僕らと顔を合わせてもいないような人がリリースの可否を決めているなんて、ファンが知ったら嫌でしょうし。Galileo Galileiを今の形にした理由の一つはそれなんです。曲作りからリスナーの元に届けるまでの過程をドキュメンタリーで赤裸々に見せた時、ファンが嫌な思いをしない状況を作りたいんですよ」