生成AIによる画像や音楽の〈創造〉。2024年現在、社会は生成AIが孕む様々な問題と向き合わざるを得ない状況だが、それらは徐々に受け入れられ、当然の光景になりつつもある。そんな今、SNSを中心に話題になっているのが〈AIシティポップ〉だ。AIが生み出すシティポップの楽曲が何故これほど議論になるのか? 著書「シティポップとは何か」「ポップミュージックはリバイバルをくりかえす」で知られる評論家の柴崎祐二が迫る。 *Mikiki編集部
生成AIが浸透した今、なぜAIシティポップが議論に?
事の発端は、先日、DJのデラさんが投稿した次のようなポストでした。
ちょっと、怖いの見つけてしまった。ユーチューブにて、AIで生成された80年代シティポップばかりアップしているアカウント。このクオリティが、どの曲も高すぎる。トラックのみならず歌詞もボーカルも素晴らしく、昨日まで存在しなかったはずなのに、どの音源も入手したくてたまらない。怖いよ。
— デラ (@derax456) October 3, 2024
この原稿を書いている10月21日の時点で〈8.1万いいね〉〈1,450万回表示〉という大バズを記録したツイートなのですが、例によって、引用RPやリプライ欄の喧々諤々ぶりも印象的です。楽曲のクオリティを称賛する人、反対にこんなものに感動するなんて!と嫌悪感を露わにする人、技術の進歩への恐怖を述べる人……。何故こんな騒ぎになってしまったのでしょうか。話を進める前に、まずは〈AIシティポップ〉が一体どんなものなのか、YouTube上でいくつか見てみましょう。
こちらは、現時点で最も多くの再生数を稼いでいる動画です。
うーん。やはり若干の無機質感は拭えませんが、確かに驚くべきクオリティですね。スムース&メロウなオケやボーカル、そして歌詞まで、どの曲も黄金時代=1980年代のシティポップを彷彿させるようなサウンド/ムードです。
そしてこちらは、上記動画に次ぐ人気を集めているもの。
なるほど。妙ちくりんな日本語のタイトルや歌詞は別として、同じくかなり良くできているのがわかります。
ご存知の通り、この2年ほどの生成AIの進化には驚異的なものです。テキスト、画像、動画等、簡単な指示(プロンプト)を与えるだけで、人間が手掛けたのと違わないレベルのコンテンツが出力されてしまうという生成AI技術は、当然ながら、音声や音楽のフィールドでも、目立った成果を上げつつあります。とくに、簡便性とクオリティの高さで大きな話題となったSuno AIの登場以降、AIを使った音楽生成の実践は、その裾野を一気に広げた感があります。
かねてよりYouTube上で人気を博している〈Lofi〉動画の文化も、こうした状況を後押ししていると言えるでしょう。ヒップホップ調のインスト曲やアンビエントミュージック等を一種の〈作業用BGM〉として生成し、自身のYouTubeチャンネルにアップして広告収入を(実際に得られるかどうかは別として)得ようとする手法は、そのためのチュートリアル動画が大量にアップされていることからも分かる通り、かなり一般的なものとなりつつあります。
同様の例は、YouTube以外のストリーミングサービスにも浸透していますし、明確な収益目的以外でも、例えばビートルズ風の〈カバー〉や〈新曲〉をAIに生成させるといった試みを行っているユーザーも少なくありません。加えて、プロの音楽家の作品でも、自身の楽曲の一部分に生成AIの技術を活用する例は珍しいことではなくなってきています。
つまり、生成AIの技術は、私達の音楽生活の中にも既に相当程度浸透しているのです。だとすれば、今回はじめて〈AIシティポップ〉なるものの存在に多くの人達が気付いたのだとしても、それが大きな議論に発展するというのはやや意外な気もします。ですが実際には、上で見た通り、多くの驚きの声とともに時に攻撃的な言葉が飛び交う喧々諤々の展開となっているのです。これは一体どうしてなのでしょうか? 単に、〈AIシティポップは、いまだに人間が作り/演奏した楽曲の精度にはギリギリ及ばない〉、反対に〈いや、人間が作ったものと遜色ない〉と感じる人達による対立だけがその理由なのでしょうか。どうやら、事はそんなに単純ではなさそうです。いくつかの理由・論点について考えてみましょう。