
音楽にもファッションにも90年代前半的な空気を感じる2024年
――フリー・ソウルがスタートした90年代から2000年代初頭にかけて、クラブジャズやディープファンク、レアグルーヴのシーンも同時にありました。交わっていたとはいえ、フリー・ソウルとは異なっていたじゃないですか。その違いに興味があるんですよね
「簡単に言うと、フリー・ソウルはポップでポジティブでオープンマインドだったんだと思います。当時よく言っていたのは〈茶の間でも楽しめる〉ということ。ディープファンクは考え方的にどうしても閉鎖的で、クラブジャズはちょっとかっこつけていたじゃないですか(笑)。フリー・ソウルはカジュアルでざっくばらんで親しみやすかったんじゃないかな」
――クラブジャズはスタイリッシュでしたし、当時のヒップホップの人たちはイカつかったですもんね。
「〈真っ赤な目をしたフクロウ〉(LAMP EYE“証言”のリリック)の時代だからね(笑)。BUDDHA BRANDやMICROPHONE PAGERのサンプリングソースがフリー・ソウルに近くても、彼らのイメージは強面で(笑)。でも、フリー・ソウルのDJやお客さんは〈街の子〉だった。水商売っぽくもなければ、体育会系的な上下関係もなく、怖くなくて(笑)。アイドルシーンがSMAPで変わった感じと同じで、そういう時代が動いて変わっていった空気感がフリー・ソウルにはあったと思う。クラブのカジュアル化というか、敷居が下がってピースな場になっていったのは大きかったんじゃないかな」
――フリー・ソウルは服装がドレスアップされていなかったイメージですよね。
「みんな服が好きな連中ばっかりだったけど、そうだね。カジュアルアップもしくはドレスダウン。そういえば最近、アニバーサリーの仕事をアパレルやインテリアのブランドとも楽しんでやらせてもらっているんだけど、現在と90年代前半の空気感の共通点を感じながらやれているんだよね。
今のファッションも、ストリートカルチャーが全盛になるちょっと前のアイビールックやプレッピー、女性だったらフレンチカジュアル、『POPEYE』が提唱していたFDG(エフデジェ)、『ホットドッグ・プレス』のキレカジとか、そういう雰囲気があるから。僕はショップBGMを担当しているからユナイテッドアローズのメンズとウィメンズのディレクターとシーズンごとにミーティングをするんだけど、そのチーフたちが〈J. クルーのバックナンバーを買って読んでる〉って言うんですよ。
あと、僕はいつもアーガイルソックスを履いていて、どこにも売っていない時期があったんだけど、最近はビームスなんかがアーガイルソックスを売り始めたり、トゥモローランドもアーガイル柄のカーディガンやキレイ目で薄手のニットを推していたり。女性にはローファーが流行っているしね。
最近は90年代前半なのかな?って感じる瞬間があって。『Suburbia Suite』の1冊目のレコードガイドを出した92年=平成4年からフリー・ソウルを始めた94年=平成6年ってちょうど時代が変わっていった時期で、今年は令和6年。世の中が求めるテイストや趣味、コミュニケーションのあり方が変わっていく時代として重なっている気がするし、去年の後半から今年にかけて、自分はその頃の感情を思い出しながら色んな提案をできているのが楽しくて」
音楽 × 生活、フリー・ソウルの本質に近づけた仕事
――なるほど。それでは、今回の7インチ企画の話に行きましょうか。
「この10年くらい、フリー・ソウル・クラシックスを7インチで買い直してDJで回している人って結構いるから、今回の企画を頂いた時、最初はそういう人たちが買ってくれるだろうと思って、どういうラインナップが求められているのかを信頼できるアプレミディのDJに聞いたの。それで僕なりに200曲以上を選曲してタワーレコードのレーベルに提出したんだけど、ショップのバイヤーさんたちから〈まずは大人気曲やキラーチューンを売っていきたい〉〈マニアックすぎるのは売る自信がない〉という反応もあったみたいで。そういうバランスを意識しつつ選んだら、今回のラインナップになったんだよね。王道というか、僕自身も素直に〈それでいいかな〉と思える精神状態になって。細かいことじゃなくて、もっとマクロな視点で大筋を見られるようになったというか。
アニバーサリーの仕事は、自分の周りのDJやマニアやコレクターじゃなくて、新しい若い世代にフリー・ソウルの魅力を伝えることがいちばん重要だなって。だから、30年前から僕らが大切にしてきた曲を素直に7インチコレクションにすればいいんだって、ある時、ふっと肩の力が抜けて」
――結婚したから素直になれたんじゃないですか(笑)? パートナーの方がフリー・ソウルの良き理解者ですから、何が求められているのか、橋本徹が何をやるべきなのかをわかっている気がします。
「それはあるかもね(笑)。自分はすぐにアップデートしたがるけど、素直な音楽好きとして僕やフリー・ソウルを支持してくれる人にとって何が大切なのかを、妻が本質を理解して教えてくれているのかな」
――〈Blue Note JAZZ FESTIVAL〉にシカゴが出ていましたが、80年代のあの曲をやるわけですよ。
「“素直になれなくて(Hard To Say I’m Sorry)”ね(笑)」
――最近の橋本さんは、フリー・ソウルファンから求められていることをしっかりとやっているように見えるんですよ。
「そうなのかな。アニバーサリーだからこそ、テレビやラジオの収録で星野源さんや稲垣吾郎さんやふかわりょうさんとフリー・ソウルの本質について話したりすることに価値があると感じるようになったんだよね。
最近はユナイテッドアローズ、ジャーナルスタンダードとのコラボが続いたけど、自分がやりたかったことの本質に近づいている、本当の意味でのコラボができているなって思ったのが、今やっているインテリアブランドのACME Furniture(アクメ ファニチャー)との家具の共同開発やダブルネームコンピの仕事なんだよね。音楽が生活の中にある心地よさ、レコードがある部屋の気持ちよさや楽しさにアプローチできて、〈ああ、ここに導かれてきていたのかな〉〈自分はこれがやりたかったんだな〉って思う瞬間があって。
なぜなら、極論を言うと、僕ってコンピCDはもちろんだけど、レコードが好きなだけなんだよね。本当の音楽好きってライブが好きって言われたりするじゃない? でも僕は、ライブを犠牲にしてでもレコードやCDにお金と時間を費やすタイプで。だからサブスクリプションサービスが全盛の時代にも、〈音楽ファンだったら好きなレコードを部屋に飾りたくなるだろうな〉という自然な発想でジャケットを身近なアートとして日常の中に置けるプロダクトを作っていくことの楽しさに改めて気づいたんだよね。それは90年代初頭、『Suburbia Suite』のフリーペーパーを作っていた頃の感覚にすごく近い。もっと言えば、飲食とインテリアと音楽を結びつけられたらとカフェ・アプレミディを始めた頃の感覚にね。
今日のキーワードである〈素直〉を使うなら(笑)、今回の7インチのラインナップに90年代に僕らの間でポピュラリティを得て今も訴求力があるものを素直に選べたのは、ここ1年半ぐらいのそういう流れがあったからかもしれない。インターネットに興味がなくて無縁の生活を長年していたけど、最近は前向きに、稚拙で不器用なりにSNSも使っているしね(笑)」