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2020年代的なハイフィー再解釈

具体的な音についても踏み込もう。サックス奏者モンク・ヒギンズの1968年の曲“I Believe To My Soul”(レイ・チャールズのカバー)からのサンプリングが、まずは耳を引く。イントロのブラスやバースに入ってから延々と繰り返されるバイオリンの短いフレーズは、その曲を部分的に切り取って早回ししたものである。

また“Not Like Us”のサウンドは、ハイフィーからの影響が指摘されている。ハイフィーとはオークランドが発祥で、1990年代後半から2000年代にかけて流行ったスタイルだ。派手な音作りや華美なシンセサイザーのリフ、弾んで跳ねるリズムが特徴的なパーティミュージックで、南部のクランクとの共通点も多い(ちなみに上述のリル・ジョンはクランクの代表的なラッパー)。ハイフィームーブメントではキーク・ダ・スニークのようなオリジネーター、ブームに乗ったE-40といったベイエリアの才能がヒットを飛ばした(ちなみに、2006年のbounceのハイフィー特集記事がタワーレコード オンラインで今も読める)。

ハイフィーの曲をいくつか聴いてもらえればわかるように、“Not Like Us”のビートのパターン(キックやサブベースとスネアドラムのシンプルな組み合わせの反復など)はまさにハイフィー的である。元々マスタードの仕事はハイフィーの流れを受け継いでおり、それは彼の作風に当然のように表れていた(マスタードのルーツはジャーキン。ジャーキンとは2000年代後半、ハイフィーが南カリフォルニアで発展したストリートダンス文化のこと)。マスタードが洗練させた2020年代的なハイフィー再解釈が“Not Like Us”だ、と言うこともできそうだ。

またケンドリックの近作は、クラブで踊れない、クラブヒットが出ない、というような批判が一部から上がっていたことも事実である。しかし今回、“Not Like Us”という全米を躍らせたクラブヒットを作り上げたこと、それによって得られた自信は大きかったのではないだろうか。マスタードが大々的に参加した『GNX』には“Not Like Us”タイプの曲が収録されており、アルバム全体に感じられる風通しの良さにもそれは表れている。

 

ドレイクを小児性愛者として批判し倒すリリック

それでは、肝心のリリックの内容について。冒頭の〈死んだやつらが見えるぜ〉というのはもちろんドレイクたちに対して言っているものだが、これは映画「シックスセンス」で幽霊を見てしまう少年コール(ハーレイ・ジョエル・オスメント)のセリフのオマージュ。また以前から噂されている、ドレイクがゴーストライターを起用している疑惑を突くダブルミーニングにもなっている。

1stバースの前半、〈どいつが相手だってディーボのフリースロー(みたいに楽勝)〉という部分で出てくる〈ディーボ(Deebo)〉には、俳優タイニー・リスター・Jr.が映画「Friday」で演じたキャラクターとNBA選手デマー・デローザンが重ねられている(デマーはMVにも出演した)。2人ともコンプトン出身であり、“Not Like Us”でケンドリックが強調している〈地元〉の要素を象徴していると考えられる(以下、公式日本語訳の引用部分以外は拙訳)。

〈十字架に磔にしてやる〉というのはよくある表現だが、ケンドリックらしい宗教モチーフとして読むことも可能だ。ちなみにケンドリックがリスペクトする2パックのマキャベリ名義のアルバム『The Don Killuminati: The 7 Day Theory』では、彼が十字架にかけられた姿がジャケットにあしらわれていた。ドレイクが“Taylor Made Freestyle”でAIを用いて2パックの声を悪用したことに対する意趣返しでは、と考えるのは深読みしすぎだろうか。実際、〈パックに無礼を働いてベイ(エリア)が黙ってると思ってんのか?〉と脅すラインや、2パックのアルバムタイトルを引いた〈みんな俺に注目してる(It’s all eyes on me)、でもそれはパックに送るよ〉とラップする場面もある。

議論をかなり引き起こしたのが、ドレイクを小児性愛者と断定した部分である。公式日本語訳では、〈女の守備範囲広すぎだろ/俺は未成年はパスしとくわ ジョン・ストックトンみたいに〉〈未成年が好みなんだってな〉〈お墨付きのロリコンだろうが〉〈変態野郎は家から出てくるな〉などと訳されているところで、おなじみの〈♪Aマイナ~〉の部分も未成年を表す〈minor〉にかかっている。

NBA選手ジョン・ストックトンのくだりは、彼がカール・マローンというパワーフォワードへのアシストで知られたことを表していて、カールが13歳の少女を妊娠させた事件に由来している。ドレイクのアルバム『Certified Lover Boy』を引いた〈お墨付きのロリコン(certified pedophiles)〉では、カタカナ語のロリコンから想像するものを遥かに超える意味のペドフィリアという語が使われている。ペドフィリア(小児性愛者)は診断によっては性的倒錯とされるもので、西欧圏では性加害や性犯罪、精神疾患を想像させるかなり強い言葉である。