歌い手によって変化する自由なメロディー
――今回のアルバムを制作し始めたきっかけを教えてください。
「ライブでいろんな土地に行った時に、時間があれば図書館に行って、その土地の曲が楽譜で残っていないか探すんです。最初は子守歌を含めて探していたんですが、労働歌の譜面も出てくるようになって。それをライブで歌っていくうちにレパートリーが増えていったので、アルバムとしてまとめることにしました」
――譜面を通じて曲と出会っていったんですね。
「わらべ歌の時からずっとそうです。図書館に眠らせておくだけではなくて、それを生き返らせる。〈こんなに素敵なメロディーがあるよ〉ということを伝えたい。
伝統や民謡と呼ばれて伝わっているものってごくわずかで、ほとんどは忘れられてしまっています。“炭坑節”は有名ですけど、“佐津目銅山鉱夫歌”は全然知られていないですよね。そういうものたちにちゃんと光を当ててあげたいなという気持ちがあります」
――譜面だけでなく、直接聴くことができた歌はありましたか?
「収録曲だとなかったです。“エンヤマッカゴエン”の元歌と思われる最上川の舟こぎ歌は聴けましたが、そもそも労働歌やわらべ歌を歌える人自体がかなり少なくなっているんです。実際、広島の大崎下島のわらべ歌が生まれた場所に行った時、90歳を超えるおばあちゃんたちに話を聞けたんですけど、誰もその歌を知らない。おそらく彼女たちのさらにおばあちゃんの世代がギリギリ覚えていたぐらいなんですね。1970年代から1980年代にかけて、郷土史家の方々が危機感を持ってまとめた楽譜集(『日本わらべ歌全集』)が柳原書店から出ているんですが、その頃が直接聴ける最後の時代だったのかなという気がします。
今回収録した“ひとつとせ”や“籠の鳥より”は、信時潔が採譜した女工たちの歌で、細井和喜蔵『女工哀史』(1925年)の巻末に掲載されていました。実際に聴ける歌ということで言うと、土取利行さんが女工の歌を歌ったりはされていましたけど……それと、お祭りのような毎年の行事の中に残っているものもあると思うんですが、労働の中で歌っていた歌となると、仕事の形が変わったことでほとんど消えてしまっています。わらべ歌もテレビ文化が浸透していくなかで消えたものが多いのかなと思います。子どもたちの世界が変わってしまった部分もあると思う」
――特定の作曲家が作曲した作品というわけでもないですしね。
「はい。口伝えなので、一つの曲でも本当にいろんなバリエーションがあって、同じ集落の中でも歌う人によって微妙に歌詞が違ったりするんです。そのことを実感したエピソードがあって、昔、隠岐島の海士町でライブをやった時に、郷土史家の方が残した手書きの楽譜を見つけたんですね。ラフカディオ・ハーンが海士町を訪れた時に気に入った歌で、歌詞は書き残されていたけど、メロディーがわからなかった。そこで1980年代頃、どの歌か確かめようということでイベントが開かれて、当時のおばあちゃんたちが集められて歌ったみたいなんです。で、それぞれのおばあちゃんごとに譜面が残されていたんですよ。おばあちゃんたちは耳で覚えているから、メロディーが微妙に上がる感じとかも、再現する時に少しずつ変わっていく。そういうところも含めてすごく面白いし、とても自由なものだなと感じましたね」
――残された譜面に囚われすぎてもいけないと。
「取っかかりとしては譜面を起点にするしかなかったのですが、ただ、私自身大雑把なところがあるので、ライブで歌っていく中で微妙に変わったりするんです(笑)。自分で歌ったライブの音源を聴き返しつつ、久々に譜面を見直してみたら、かなり違っていた、なんてこともしばしばありました。そういう意味では譜面に忠実というわけではないです。自分の好みの感じに、いつの間にか歌が変化していました」