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労働歌から忘れられた土地や人々を想像すること

――これまでわらべ歌をテーマに2枚のアルバムを制作されていますが、今回、労働歌をテーマとしたのはなぜだったのでしょう?

「やっぱり労働歌はそのバリエーションひとつとっても、いろんな仕事があるんだなと感じられます。今回のアルバムに入れなかったものでも、たとえば兵庫にそうめんうち歌があって、歌っていると大変な仕事だったことが感じられる。そうした歌と出会うことで〈この仕事はこんなに大変だったんだ〉というところまでわかるのは面白いなと思って、労働歌はまとめてアルバムで出したいという気持ちになりました。

ただ、実は収録曲が全て労働歌というわけではなくて、たとえば“ずくぼじょ”はわらべ歌です。ただ、わらべ歌と労働歌はきっぱり線引きできるものでもなくて、手まり歌と糸つむぎ歌が繋がっているように、混ざっている地域もあるんですね」

――労働歌をそのまま歌うことと、バンド編成でアレンジしてポップミュージックのフォーマットで歌うことでは、ある種の変換作業が必要だとも思います。アレンジの際、特に考えたことなどはありましたか?

「アレンジはあくまでも感覚的に進めました。労働歌のメロディーが引き出してくるもの、そこから与えられるインスピレーション、そういうものに従ってアレンジしていきました。たとえば“宿毛田植え歌”であれば、メロディーからまずはピアノのアレンジができて、そのピアノを弾いているうちにリズムにタンゴの雰囲気を感じたので、タンゴ風にという感じで。感覚的です」

――“あらぐれ”では折坂悠太さんがボーカルで参加しています。この曲だけ、なぜ折坂さんに依頼したのでしょうか?

「楽譜を見つけた時、すぐに折坂さんの歌声が浮かんだんです。力強いメロディーの感じが、男の人が歌った方がいいだろうなという気がして。“浜子歌”もそうで、あの曲ではチェ・ジェチョルさんに歌っていただいているんですけど、私だけだと弱くなってしまうので、力強さを補強してもらいました」

――折坂さんの歌声は非常に独特だと思いますが、寺尾さんにとってどんな魅力を感じますか?

「なんだかあまり日本的じゃないなと感じます。秘められているパワーの大きさというか、すごく遠くまで届くような声が出るので。折坂さんの歌声を聴いていると、広大な場所で、大きな山並みが見える感じがするんです。日本的というより大陸的な力強さを感じます。なので、“あらぐれ”のダイナミックな感じは折坂さんの声がぴったりだなと、最初にメロディーを見た時に思いました」

――労働歌を合奏する上で、わらべ歌と違うと感じる箇所はありましたか?

「2拍子で、最初の1拍目が強い、という傾向はある気がします。“浜子歌”や”宿毛の田植え歌”なんかそうですね。それがおそらく、塩田や田での身体の動きと親和性があるのでしょう。“エンヤマッカゴエン”は、最上川の舟こぎ歌と歌詞が重なる部分がある面白い歌なんですが、子守歌でもある。だから、舟を漕ぐリズムを使いながら、縦に揺れて子どもをあやすイメージですね。やっぱり、それぞれのメロディーのフレーズ自体が持っているリズムに、そうしたことが自然と現れているんだと思います」

――労働歌と子守歌が重なるのは興味深いです。

「子守歌でも、宍粟の歌は守子歌ですね。奉公先で子守をしながら歌う歌は、守子たちにとっては労働歌でもありますからね。それに、守子と女工ってすごく繋がっているんです。明治以前まで守子だった人たちが、明治に入って工場ができて、都市に出ていった。そういう流れの中で歌の移動も起きる。だから守子歌と女工の歌でも〈あ、ここは同じような歌詞を使ってる〉という箇所があります。もしかしたら同じ人たちが歌っていたのかもしれない」

――労働歌は、労働の現場で歌われてこそ意味がある、という見方もあると思います。そうではない場面で、ポップミュージックとして労働歌を聴くことは、どんな営みだと思いますか?

「今はなくなってしまった労働ばかりですからね。だからできることといったら、想像することなのかなと思います。聴きながら昔はこういう労働をしていたんだとか、こういうリズムの中で働いていたんだ、とか。こんなプライドを持ってやってたんだ、とか。多くの人に忘れられていることですよね。塩田労働もそう。工場で塩を作るイメージは湧いても、昔どうやって塩を作っていたのかまではあまり興味が持たれない。そういうことひとつひとつが労働歌から立ち上がってくる。それぞれの場所で、どういうメロディーが流れていて、どういう人が生きてどういう働き方をしていたのかに思いを馳せてもらいたいなと。今、多くの人たちは労働する肉体からすごく離れているけれど、その分いっそう」