©Roberto Masotti

さよなら、いつまでも。終焉を見据えたキース・ジャレットの渾身の輝き

 2016年7月9日、ウィーン楽友協会で収録されたキース・ジャレットの『ウィーン・コンサート 2016』は彼の80歳(5月8日)を記念し、2025年にECMからリリースされたものになる。構成は、9つの即興演奏とアンコール“Somewhere Over The Rainbow”となっている。名盤として名高い1975年の『The Köln Concert』や1991年の『Vienna Concert』と比較すると、彼の晩年の音楽性が如実に表れた作品となっているし、そのように聞かれる作品となるだろう。

KEITH JARRETT 『New Vienna』 ECM/ユニバーサル(2025)

 冒頭の“Part I”は、いつになく荒々しい不協和音で始まる。公演開始直後に写真撮影をする観客がおり、キースの逆鱗に触れたことが影響したことがファンの間で知られているが、そこには緊張感が漂う。鋭い不協和音は、黄金のホールの残響とも共鳴しどこかシェーンベルクへのオマージュをも思わせるが、音楽作品へと昇華しているのは流石だ。

 “Part II”は音程のレンジを広く使って構築された和声による荘厳な世界観が広がる。“Part III”はポリリズミックな両手の対話が続くが、そこには1971年の『Facing You』や『Birth』のような推進力を感じさせる。特に印象的なのは10分を超える“Part V”だろう。彼のファンで嫌いなものはいないだろう、クラシック音楽的な和声美の音世界だ。慢性疲労症候群を経た後の、より少ない力で目指された、力を抑えることで目指された、集中力の持続する内省的な表現が感じられる。

 体力的な制約の中から生み出された密度の濃さは、1970年代の長尺の即興演奏から、短く凝縮された小品世界へと変化することで生まれたが、ここでは一つ一つの音がより古典的な音響空間の中で響く。アンコールの“Somewhere Over The Rainbow”は、左手の和声の抑制された感覚に釘付けとなることだろう。澄んだ和声には、誰もが知るスタンダードの旋律に対して、見事なまでのフレージングが光る。

 2018年の脳卒中により演奏活動休止がアナウンスされた今となっては、最後の創造的輝きが記録された作品となる。ジャズ、クラシック、ブルース、ゴスペルの音楽言語を刻みこみ、昇華してきた一つの身体が残した、即興演奏の高みが、ここには残されている。