©Seiji Shibuya / ECM Records

Manfred Eicher
ECM50周年によせて

 『Stay hungry, Stay foolish』、68年から72年に刊行された Whole Earth Catalogueの最終頁に映されたイメージは、その精神性と同時代性においてECMレコードと共振していたとわたしは思う、唐突に。世界の価値あるものをすべて掴みたい。ジョブスもアイヒャーも似ているんじゃないのか? 多分ね。

 ECMレコード創立50周年を言祝ぐなり。海外のマニアにも手を伸ばされ、もちろんレーベルの総帥マンフレート・アイヒャーにも公式に認められた『ECMカタログ』(2010)、廃盤・レア盤・ジャケ違いまでカラーで網羅、全解説付き、は、完売、今年末には50周年増補版が刊行されるはずだ。

 ECM(Edition of Contemporary Music)、サイトでは DIRECTIONS IN MUSIC AND SOUND SINCE 1969 と大きく出ている、この10年総帥アイヒャーは欧州を中心に数々の音楽賞に輝き、1600に届こうとするそのカタログの先見性と内実。当初の最先端はフリージャズと完全即興で、音楽の特質上即座に“ポスト~”が思考され、ECMは74年にECMサウンドを確立するまでの初期30枚にどれも外せないドキュメントを残している。今さらながら驚くのは当時彼らは20代の若者であったことだ。アイヒャーとキース・ジャレットの邂逅、チック・コリアのサークルとカモメ、マリオン・ブラウン『ジョージア・フォーンの午後』、バール・フィリップスとデイブ・ホランドのデュオ、超えられない記録だ、残酷なことに。

 ECM専属ミュージシャンとECMサウンドの確立は、やがて音楽大学でECMメソッド演奏と一般化されて老舗の定番和菓子のようになってゆく。有能なアメリカのミュージシャンは連れられてノンサッチで独立。ECMが本当に面白かったのは80年代半ばまで、というディープなECMリスナーは多い。Jazz Music Todayを立ち上げたステファン・ウインターもカタログを編み始めた。ECMアイヒャーはクラシックや古楽に特化したニュー・シリーズに傾倒してゆく。ECMのニューヨーク担当がティム・バーンを録音したことからマーク・ターナーやトーマス・モーガン、ダヴィ・ヴィレージェス、ヴイジェイ・アイヤーといったECMサウンドの殻を破れる実力者たちによって現代ジャズの重要な傑作がリリースされるようになる。定番和菓子も混じる。駆け足すぎるか。

 創立50周年、アイヒャーも76歳である。今後のECMはどうなるのか。

 今年3月ノルウェーにECMミュージシャンが集い75歳のお祝いに『コングスハウフェス』3デイズが開催されたECM専属エンジニア、ヤン・エリック・コングスハウが、先頃引退したことが伝えられた。ほとんどのECM盤を手掛け、しかしギタリストでもある彼の演奏はECMに残らなかった。2013年にソウルでECMミュージックフェスティヴァルが開催された。指揮者チョン・ミョンフン、アンドラーシュ・シフ、ハインツ・ホリガーが揃ってトリをつとめる夢の共演だった。ミョンフンの息子(つまりチョン・キョンファの甥)であるサン・チョンがアイヒャーの後継者になるという情報。『Lua Ya / Yeahwon Shin』(ECM2337)を聴くと、その音楽の透明な地平、若い女性のベロの動きまでが視えるような解像度に圧倒された。この他者性はアリだ。その後サン・チョンはアーロン・パークス、トーマス・ストローネン、キッド・ダウンズ、ニア・イースト・カルテットなどをプロデュースしている。

 00年代を跨ぐ頃に、ハル・ラッセルやジョー・マネリ、ロビン・ウィリアムソンをプロデュースした英国人スティーブ・レイクがECMにエッジをもたらしていたが裏方にまわってしまったのが残念だ。

 ECMというカタログはアイヒャー一代のものであろう。生まれた南ドイツのリントで耳をすましていた彼の始原を想う。

 現在性について話をとばすと、令和は聴取である、アナログの復興もSpotify音質の限界も当然に訪れ、フィールド・レコーディングなり、これまで手にしていなかった音響空間の拡張に私たちの耳は気付きはじめている。リバーブ、空間性、音響に早くから自覚的だったのがECMだと捉え直されている。

 今回、昭和の名盤・平成の名盤として、高音質UHQ-CD仕様で耳にすることができる。アーケイド、ヒューブリス、ブレゲンツ、ロスリンとまるでわたしがねじ込んだような盤までセレクトされているのが嬉しい。ECM1600枚の魔境には、ジャズでもクラシックでも古楽でも掬うことの叶わない音楽の宝石が埋蔵されているので、ここから深堀りしてほしい。 *多田雅範(musicircus)

 

©ECM Records

Nils Petter Molvær
未来の余白:ECM ambient・minimal

 エレクトリック・マイルス以降、ジャズのサウンドにエレクトロニクスが積極的に使われていくようになった。ECMもその流れと決して無縁でなく、エレクトロニクスを使った独自のサウンド・デザインを作り上げてきたと言える。エレクトリック・マイルスからフュージョンへと拡がっていった時流とはやや距離を置いたところで、ECMはアンビエント・ミュージックやミニマル・ミュージックと歩を合わせるように、その音響空間を作り上げていったのだ。

 マンフレート・アイヒャーが好んだレキシコン社のリヴァーブを使った録音には、アコースティック楽器の凛とした響きを時にエレクトロニクスのように聞こえさせるマジックがあった。また、その逆もあり得た。シンセサイザーとプログラミングされたドラムが作る80年代のメリハリの利いたエレクトリック・ジャズ=フュージョンの裏側で、別のサウンド・デザインを作ってきたのがECMというレーベルだった。

 そして、テクノ/ハウス以降のエレクトロニック・ミュージックのアーティストやDJたちは、ECMの諸作品をアンビエント・ミュージックやミニマル・ミュージックと同列に聴き、再発見をしていった。そうした解釈が、現実のECMのリリースにも影響を与え、作品として登場してきた最初のケースが、ノルウェーのトランペッター、ニルス・ペッター・モルヴェルの『クメール』だった。1998年にリリースされたこのアルバムは、サンプラーとプログラミングされたドラムが使われ、この当時フューチャー・ジャズと呼ばれたクラブ・ミュージックと親和性の高いサウンドだった。

 モルヴェルは、 ノルウェー・ジャズのパイオニアの一人であるベーシスト、アリルド・アンデルセンを中心に結成されたマスクァレロのメンバーとして、1986年の『Bande A Part』から1991年の『Re-Enter』まで計3枚のECM作品に参加してきた。また現代音楽畑のパーカッショニスト、ロビン・シュルコウスキーとのデュオ作『Hastening Westward』もECMから1995年にリリースしている。だが、これらの作品とソロ作『クメール』の間には大きな飛躍があった。それは、モルヴェルとECM双方の変化を表していた。モルヴェルはこのアプローチに自信を得て、ECMから次作『Solid Ether』もリリースした。これ以降も、ミュートしてエフェクトの掛かったトランペットとダビーなビートのコンビネーションを自身のスタイルとしている。

 そして、ECMも、クラシックや現代音楽あるいは民族音楽へのアプローチと同等に、同時代のエレクトロニック・ミュージック/エレクトロニカやポストロックが作り出すポピュラー・ミュージックのマージナルなところにあるサウンドへの追求を始めた。特に、モルヴェルとの共演でも知られるギタリストのアイヴィン・オールセットや、フードやルーメン・ドローンズといったグループなど、ノルウェーの音楽がその核の一つとなった。また、ピアニストのニック・ベルチェ率いるローニンやコリン・ヴァロン・トリオなど、スイスから登場した先鋭的なサウンドも積極的に紹介するようになった。

 こうした中でも、特に近年はアイヴィン・オールセットの活躍が目立つ。アルメニア出身のピアニスト、ティグラン・ハマシアン、ノルウェーの電子音楽家ヤン・バング、トランペッターのアルヴ・アンリクセンの4人で作った『Atmospheres』や、イタリアのドラマーのミケーレ・ラッビア、トロンボーン奏者のジャンルカ・ペトレッラとの『Lost River』で聴くことができるのは、アンビエント・ミュージックへの新たなアプローチだ。これらの作品には、近年のアンビエントやニューエイジの再評価も経て、ECMが手掛けてきたサウンド・デザインを次に進めていく可能性を感じる。ECMはジャンルやフィールドの違いを超えて、サウンドの繋がりを示して来たレーベルでもある。その姿勢はいまも変わることはなく、そしてこれからも継続されていくだろう。 *原雅明

 

©Urban Willi / ECM Records

Christian Wallumrød
ECMジャズから誕生した異形のネオバロックアンサンブル

 北欧の夜の音楽。鬱性を帯びながら、そのまどろみの中でヨーロッパの古層へと深く交わる音楽。表向きにはジャズミュージシャンとされる音楽家の作品が、ここまで静謐にして異様なチェンバーミュージックになることを、しかし誰が予想し得ただろう。ECMの北欧ジャズの文脈は豊饒といえど、伝統楽器をも用いたアンサンブルから新しい音色の探求が窺え、また北欧の民俗音楽に加えて、異形のバロックの響きが聴こえてくることを誰が予想しただろう。ノルウェー、コングスベル出身の鍵盤楽器奏者/作曲家のクリスチャン・ヴァルムルーがECMに残した作品群は、その深度において他者の追随を許さない。

 90年代のヴァルムルーには、音色の全体的な意識があるもののまだコンテンポラリージャズと言って差し支えないものだったかもしれない。トリオ編成だった初のECM作品『No Birch』(1998年)では、まだキース・ジャレットやポール・ブレイの耽美的なジャズピアニストの系譜に自らを位置付けている。しかし、ノルウェーの民俗性と現代ジャズの融合、静謐さの追求はこの頃から見られる。底流には現地の賛美歌の伝統があり、聖歌隊で演奏していたヴァルムルーの個人的出自が浮かび上がってくるようだ。

 転機が起こるのは2003年、古楽の世界の実力者ジョルディ・サヴァールやニコラス・アーノンクールと共演歴のあるバロックハープ奏者Giovanna Pessiの加入が大きい。モダンハープとは異なる音色の響きと、ピアノの音色を組み合わせ、新しい音響的可能性に目覚めたと語っている。さらには、のちに妻となり、弦楽器の音色探求に欠かせないチェロ奏者のTanja Orningや、ノルウェーの民族楽器ハーディングフェーレも弾く弦楽器奏者のGjermund Larsenの出会いが、音色の実験の環境を整えた。ヴァルムルーは、ピアノ奏者としては、ある共同体の中における文脈、意味性を剥ぎ取ることに専念し、アンサンブル全体においても、新しい、そしてときに奇妙に聴こえる音色のコンビネーションを精緻に追求した。ソロ奏者が各々の音色を強烈に主張するのではなく、バロック楽器を一つの起点にした、様々なアンサンブルから生まれるサウンドの可能性へ――。新鮮な耳を持って作曲と即興の循環の中で音色のテクスチャーを組み合わせていく。

 この方法論は、集団的即興の一つの指標として、異なる楽器における音色の統一が見られた90年代後半からゼロ年代に隆盛した音響的即興と少し似ているかもしれない。当時筆者のいたボストンでは、例えばテルミンとパーカッションとヴォイスを互いの音色に近づくようにさせ、どの楽器がなっているの識別できないほど接近させることを出発点に、展開される音響的即興の方法論があった。そこには音響的なテクスチャーへの関心が集まるが、同時に伝統的音楽言語からの乖離があった。

 ヴァルムルーも確かにこの時代の空気を吸っていただろうが、音楽言語の具体性から決して遠のくことはなく、明確な参照枠を持っていた。音色のワークショップとしてのチェンバーミュージックは、同時に彼が深く内面化してきた旋律や音楽的言語で構成された作曲作品であり、こうして生まれた『The Zoo is Far』(2005年)はセクステットを率いた傑作と言っていいだろう。バロックハープの音色が特徴的でありながら、ヘンリー・パーセルの《ファンタジア》の抜粋、そして古楽の賛美歌などが散りばめられている。さらに『Fabula Suite Lugano』(2010年)では、スカルラッティやアルヴォ・ペルトからの影響、さらにはJ.S.バッハの影響を思わせる幻想的な行進曲《Jumpa》まで収録され、ジャズのコード的影響がますます希薄になった。そして、ピアノや弦楽器の不協和音が増え、モートン・フェルドマンを思わせる静寂さを感じさせる《Very Slow》に特徴的なように、ダークなチェンバーミュージック的傾向を強めた『Outstairs』(2013年)と続いていく。

 当然のことながら、そこにはマンフレート・アイヒャー――言うまでもなくジャズのみならず現代音楽をも手がけてきたECMの顔――との共同作業によるところが大きい。例えば、彼の助言で『The Zoo is Far』ではチェンバーアンサンブルに適したZurich Radio Studioが使用され、ジャズの枠に収まらないアコースティック楽器のレコーディングの可能性が拡張されたことは明らかだろう。

 自立心が強く、完全に自己の手で作品を作りたいがために近年はECMを離れているが、また共同制作を望んでいるというヴァルムルー。いずれまたその日が来ることを期待したい。 *大西穣

 

©Yasuhisa Yoneda / ECM Records

Keith Jarrett
インサイド&アウトサイド

 その簡潔さ、潔さにはただ驚くばかりだ。レーベル名のECMは、つまりEditions of Contemporary Musicである。即興演奏を中心にした録音ばかりをリリースしてきたこのレーベルが突然現代音楽の作曲家、クラシックの演奏家による新たなシリーズを立ち上げた時も、New Seriesというシリーズタイトルが加えられただけだった。ジャケットはレーベルのオーナー、マンフレート・アイヒャーがギャラリーなどで見つけて気に入ったものを使用してきた、という。

 「沈黙の次に美しい音」、「北欧のナントカ」サウンドなど、今ではよく知られたこのレーベルの戦略的に練ったかのようなブランドイメージは、巷が勝手に育てたパブリック・イメージに過ぎない。このレーベルは無論、そんな戦略とは無縁で自由なのだ。

 今年レーベルは創業から50年を迎えた。しかし数年前にレーベル初期からの重要なアーティストであったポール・ブレイが他界して、世界中のオールド・ファンはECMにもとうとう節目が訪れたかと感じたのではないだろうか。ダウンロード、定額制というノン・フィジカルなフォーマットに押されてクラシックやジャズではCDの制作を見合わせるレコード会社があいつくぐ中、ECMだけが創業当時のペース、あるいはそれ以上にアルバムを制作していたのに、である。つまりECMにとってブレイの他界が特別な意味を持つのには理由があった。

 1969年にレーベルを立ち上げたアイヒャーは以前から、ブレイの欧州ツアーでベーシストを務めたことがあり彼とは音楽的にも交流があった。「アイヒャーの即興音楽についてのアイデアやディレクションは、ブレイ、ゲイリー・ピーコック(b)、ジミー・ジュフリー(reeds)の、トリオの音楽から思いついたものだった」という。大事な音楽だったのだろう、 当時ヴァーヴから発売されていたこのトリオの音源を買い取りECMのカタログに加えている。アイヒャーは、アルバート・アイラー、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンス・トリオ、それにジュリアード弦楽四重奏団といった名前をあげて、60年代のアメリカの音楽に随分、影響をされたと語ったことがある。このジミー・ジュフリー・トリオは勿論、ポール・ブレイ・トリオの『フットルース』(65年発)も彼の念頭にはあっただろう。サヴォイからリリースされたこのアルバムは、キース・ジャレットもなんども繰り返し聞いたという。ジャレット本人曰く、彼の最初のトリオにはチャーリー・ヘイデンではなくてこの録音のベース、スティーヴ・スワロウが予定していた。当時このトリオはオーネット・コールマンに代表されるフリーなアプローチをピアノトリオにもたらしたとされ、ミュージシャンたちから高く評価されたアルバムだった。アイヒャーもこのトリオの音楽に新しい自由を感じていたのだろう。創業当時ブレイが録音していたピアノ・トリオの音源を買い取ってはECMのカタログに加えたくらいなのだから。

 ブレイ初のソロであり、彼のもう一つの名盤、『オープン・トゥ・ラヴ』の制作は、彼がアイヒャーに持ちかけて実現したという。あらゆるピアニストに影響を与えたこのアルバムが録音された1971、2年当時、チック・コリアの『ピアノ・インプロヴィゼーションvol.1&2』があり、ジャレットの『フェイシング・ユー』も録音されていた。ECMに芽生えた方向性をこのアルバムが定着させた。そして1975年、『ケルン・コンサート』が録音、発売されて大成功を収める。この時ECMは自由な音楽をシンプルに追求できる自由、「ケルン奨学金」を手にしたのだ。

 後年、ジャレットがスタンダーズで録音した『インサイド・アウト』(2001年)を聴いたブレイは、「なんだキースもできるじゃないか、俺が65年にやったことを。」と叫んだという。ジャレットがフリージャズを知らないジャズメンに向けて作ったとされる音楽は、35年後をかけて高度に自由な音楽家の胸に刺さった。オープン・トゥ・ミュージック、これこそがECMの不変のポリシーなのだろう。 *高見一樹

 

写真提供/COTTON CLUB 撮影/山路ゆか

Vijay Iyer
ECMを舞台に自分の信じる表現を送り出している彼が今考えていること

 ヴィジェイ・アイヤー(1971年、NY州生まれ)は現在もっとも注視するに値する現代ジャズ・ピアニストである。彼のジャズ界での個性的な活動は1990年代中期以降に始まるが、実はそれまではイエール大学やカルフォルニア大学バークレー校の大学院で数学や物理学を学んでいた←つまり、音大経験なし。だが、一度音楽で行くと決めて以降は、好奇心たっぷりに様々な様式に鋭意着手。特にヒップホップ時代の“立ち”と無勝手流的快感を抱えるトリオ表現の面白さは一番知られるところだろうが、何をするにしてもジャズとして必要な飛躍や棘とそれと表裏一体のエレガンスや繊細さを併せ持たせる様は魔法のようと言いたくなる。

 そんな彼は、2014年作『Mutations』以降5作品連続で、ECMからリーダー作を発表している。しかも面白いことに、弦ユニット使用、マーカス・ギルモアを擁するトリオ、トランペッターのリオ・スミスとの双頭作、3管を擁するセクステット、クレイグ・テイボーンとのピアノ・デュオといったように、それらはすべて異なる編成でレコーディングされている。今トップ級にECMを舞台に好き勝手に自分の信じる表現を送り出しているアイヤーとは、どんな素顔の持ち主なのだろうか。

——変調ビート・ジャズの匠であるスティーヴ・コールマンのブループに入っていて(1995年~2001年)、ぼくはあなたの存在を知ったんです。やはり、彼はあなたにとって大きな存在なのでしょうか?

「スティーヴ・コールマンとはいろんなストーリーがあるんだ。たとえば、92年にあるコンサートに行ったら、彼がファリード・ファーク(88年にコールマンはスティングのレーベル“パンジア”からアルバム『Sine Die』をリリース。哀愁派アコースティック・ギタリストのハークもまたパンジアから2作品リーダー作を出した)と間違えて僕に声をかけてきたことがあったんだ。人違いですと言ったら、いやこれも必然で将来の何かへの第一歩かもしれないねと言われたな。僕はそのときイエール大学に通っていたんだけど、その1年後にカリフォルニアでの彼のショウを見に行ったときに、また話す機会を得た。そして、オークランドでの長期にわたる彼のライヴを僕がオーガナイズしたのが、94年の秋。その際にシット・インして、それがきっかけで彼のツアーに誘われたんだ。やはり、スティーヴ・コールマンは僕のターニング・ポイントとなる人だよね。彼から音楽することを真剣に考えたらと言われて、決意を固めた。その時僕は物理学とかを学んでいて、ミュージシャンになろうなんて思っていなかったから」

——物理や数学を学んでいたと言うのは、あなたの音楽にプラスになっていると思いますか? また、ヴァイオリンから始め、基本ピアノは独学であるという事実はどうでしょう?

「2番目の質問ほうから、答えよう。ヴァイオリンから音楽を始め、理論もちゃんと勉強し、12歳でフル・オーケストラに入ったんだ。その時、セカンド・ヴァイオリンの列に入れられた。それだと、ブラス・セクションの前で、わりと真ん中から音楽を聞くことができて、その時に音楽はどう構築されているのかというのを学んだような気がするな。ここ15~20年ぐらいクラシックの作曲をしてもいるんだけど、トリオでのショウにしてもフォルムの構築とか質感にオーケストレーション的感覚が出ていると思う。一方で、デューク・エリントンとかの影響も受けているし、僕が受けてきた影響がすべか らく僕の音楽には跳ね返っている。
 1つ目の答えは、ちょうど25年前に音楽の道に進んだわけだけど、数学の問題を解決するクリエイティティというのは、音楽を作る上でのそれと相似していると思う。数学とか物理学には正しい回答があるだけでなく、その中にはエレガンスな美学がついて回る。ゆえに、解決の過程において、必ずその中には美とか信念のようなものが存在するんだ。何を作るにしても、そこには数値化できるものがある。たとえば、音楽であれば、タイム感とかリズムとか、ある種の周波数、ピッチ……。その中には必ずメソッドのようなものがある。曲であっても誕生日のケーキであっても、そこには必ず法則がある。だから、アーティストは何人も数学者であると僕は思うな。セロニアス・モンクであっても、ビリー・ホリデイであってもね」

——それで、この5年間はECMからリーダー作を出しています。ECMからアルバムを出すということには、感慨はありましたか。

「僕が10代の頃、1980年代からECMのレコードはいろいろ聞いているよ。アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、ドン・チェリー、レスター・ブーイ、ジャック・ディジョネット、キース・ジャレット……。ジャケット・カヴァーも特徴的であったし、惹きつけるものがあった。とはいえ、当時はあまりレーベルというのに着目することはなかったんだけど。最初、マンフレッド・アイシャーと話をした時に、彼は僕のやっていることすべてに興味を示してくれた。新作となるクレイグ・テイボーンとの新作も特殊と言えば特殊な内容だよね。でも、それも許されて、僕の全てを出し切ることができる稀有なレーベルだね」

——ECMから出されているあなたのリーダー作は、見事にどれも違う設定によるものとなっています。

「僕自身が大切にしている音楽を尊重してくれ、僕のやりたいようにアルバムを出させてくれている。そして、アイヒャーはそのどれにも賛同してくれている。最初に何をやりたいかという、長い~いリストを彼に渡したんだ。そして、今そのリストにある項目を一つ一つ消しているわけだよね」

——あなたが先に触れた『ザ・トランジトリー・ポエムズ』は同じピアニストのクレイグ・テイボーンとのデュオによる、ブダペストでのライヴ・アルバムです。彼とはずっと一緒にやってきているんですよね。

「長年、一緒にやっている。僕が参加できないプロジェクトで、代わりに彼が弾いたこともあるしね。ロスコー・ミッチェルのバンドで最初に一緒にやったのがクレイグとの出会いで、彼との2ピアノによる編成だった。それ、2001年だったかな。ザ・ノート・ファクトリーというバンド名で何枚も出しているけど、実は僕のECMデビューはその『Far Side』(2010年)なんだ」

——ところで、あなたは今ジャズ・アーティストという意識で音楽を作っています? それとも、ジャズを意識せず自分の音楽を思うままやっているという感じなのでしょうか。あなたは、自らの表現を“ミュージカル・アドヴェンチャー”と称したりもしていますが。

「うーむ。僕は自分をジャズ・アーティストとは思っていないし、他の人たちについてもそう。ジョン・コルトレーンが、日本で受けたインタヴューでこんなことを言っていた。……ジャズという言葉は音楽を押し込めるために作られた定義で、ジャズというものは存在しない。それは単なる定義づけであり、私は人間として生まれて得たクリエイティヴィティという権利を行使しているんだ」 *佐藤英輔

 


ヴィジェイ・アイヤー(Vijay Iyer)
ニューヨーク、オルバニーで生まれ。幼少よりヴァイオリンを学びながら独学でピアノを習得。イェール大学で数学と物理学を学び、カリフォルニア大学バークレー校で音楽認知科学を学びながらジャズ・クラブに出演し音楽の道へと進んだという異才。2009年のACTデビュー作「Historicity」がグラミー賞にノミネートされ、ダウンビート誌、ニューヨーク・タイムズ紙などによりその年の「最優秀ジャズ・アルバム」に選定されるなど一躍ニューヨーク・ジャズ・シーンをリードするピアニストとして注目を集め、現在も鮮烈なセンスでジャズ界を牽引している。

 

Vijay Iyer / ECM Recordings

 

 


ECM Records 祝ECM50周年~昭和/平成の名盤25

○7/24 第一回発売 昭和の名盤25作品(UCCE-9330~9355)
○8/21 第二回発売 平成の名盤25作品(UCCE-9356~9380)

1969年、ドイツでマンフレート・アイヒャーによって設立されたレーベル、ECM Records(Edition Of Contemporary Music)。
ジャズからクラシック、現代音楽までを網羅したラインナップで、これまでに1,500タイトル以上リリースされており、その“沈黙の次に美しい音”と言われる透明感にみちたサウンドは、誕生から半世紀近くにわたって音楽ファンを魅了しつづけています。今年は誕生から50周年! 50年間の間にリリースされてきた1,500以上もの作品の中から厳選された名盤50作品をUHQ-CDでリリース。
www.universal-music.co.jp/jazz/ecm50th/