リリー・アレンのファーストアルバム『Alright, Still』は2006年7月13日にリリースされた。多彩なポップサウンドと開けっ広げなリリック、そしてお騒がせな言動で大きな注目を集め、ここ日本でも人気を博した当時の〈新世代〉もデビューから20年が経つ。時代を象徴する本作について音楽ライター新谷洋子に綴ってもらった。 *Mikiki編集部
初期SNS発、2000年代のロンドンを象徴する1枚
60年代ならザ・キンクスの『The Kinks Are The Village Green Preservation Society』、70年代ならザ・クラッシュの『London Calling』、80年代はペット・ショップ・ボーイズの『Please』、90年代はブラーの『Parklife』と、どの時代にもロンドンという町を鮮明に記録したアルバムがあったが、2000年代を代表する1枚として筆頭候補に挙げるべきは、リリー・アレンが21歳にして発表した『Alright, Still』だ。
生まれは西部ハマースミス、生粋のロンドンっ子であるリリーは、俳優のキース・アレンを父に持ち、レイヴやフェスに通うようになったのは13歳の時。飲酒や喫煙を理由に13回退学処分を食らった末に15歳で高校を中退して音楽活動をスタートすると、先駆的なSNS、MySpaceに投稿したデモ音源とブログで注目を集めたことを機にデビューに至った。2006年夏にほぼ同時期に登場したファーストシングル“Smile”と『Alright, Still』はそれぞれ全英チャートで1位と2位を獲得。〈MySpaceの女王〉の異名をほしいままにし、アークティック・モンキーズに続く初期SNS発のアーティストとして華々しくブレイクしている。
身近な体験を率直かつ辛辣にぶっちゃける〈お騒がせ〉アーティスト
ではそこまで人気を誇ったのはなぜか? ひとつには、いわゆる〈お騒がせ〉アーティストとしてメディアを席巻したという経緯がある。パーティーガールのイメージを増長するパパラッチ写真と、家族のこともドラッグ癖もあっけらかんとぶっちゃけるコメントが日々タブロイド紙や音楽誌を賑わせ、他のミュージシャンや著名人に遠慮なく喧嘩をふっかける毒舌を備えていた彼女は、行儀のいいオーディション番組出身のポップスターとインディバンドが音楽界を支配していた時代に実に新鮮に映った。
となると、ソングライターとしてもとことん率直で辛辣かつプレイフルな筆致を誇り、ロンドンを舞台に身近な体験をもとにして、これら12の曲を綴ったリリー。共作・プロデュースにはフューチャー・カット(本作への参加をきっかけに知名度を上げた英国人デュオ)を筆頭にマーク・ロンソンやグレッグ・カースティンを起用し、サウンドプロダクションにも自分のアイデンティティを深く刻んだ。ここでも軸になったのは地元の音。サンプルを駆使し、西インド諸島からの移民が多いロンドン西部で自らが聴き親しんだレゲエやスカやロックステディを取り入れた、夏色のコスモポリタンポップアルバムを仕上げている。
街のキケンな裏の顔を描き、元カレに復讐し、繊細な面も見せる
だから本作を象徴する曲と言えば、カリプソ風味のホームタウン賛歌“LDN”を選ばずにいられない。警官に車の免許を没収され(理由には触れていない)仕方なく自転車で街を走る彼女は、一見のどかなロンドンの表の顔を引きはがしてキケンな裏の顔を暴く。そう、あの独特のお喋りの延長みたいなボーカルスタイルで、重い荷物を持つ老人に近付いて、手助けするのかと思えば殴って財布を奪って走り去る子どもの姿を楽し気に伝えている。
こういう調子だから普通のラブソングなど見当たらないし、“Smile”や“Big”は自分を振った元カレの男性としてのプライドを直撃するリベンジソング。他方の“Alfie”では、今や売れっ子俳優になった弟アルフィーがハッパの煙で曇った部屋でゴロゴロしているティーンだったことを暴露する。
そしてザ・ストリーツを想起させるガラージ仕立ての“Knock ’Em Out”では、パブでつきまとうウザい男たちを「アタシ梅毒にかかってるから」などと言って追い払い、“Friday Night”ではパブからクラブへ場所を移して他のクラバーたちと火花を散らすのだが、強気なだけがリリーではない。見た目にまつわるプレッシャーに悩む“Everything’s Just Wonderful”と切ない傷心を抱えている“Littlest Things”で自分の繊細な面に言及することを忘れず、多面的な自画像を描くのだった。
