計算や数式の向こう側にあったのは、ただ楽しむこと――世界各地で自由なチャレンジを展開して予告通りの親しみやすさを詰め込んだニュー・アルバムは新章の幕開けを鮮やかに歌い上げる!
穏やかなポジティヴ志向
エド・シーランがポップの最前線に戻ってきた。先行シングル“Azizam”を発表した今年4月の時点で「新作はポップになるよ」と自身が予告。その言葉通り、通算8作目のアルバム『Play』にはポップで爽やかで、再スタートを切るかのようにフレッシュな13曲が並んでいる(日本盤CDには16曲を収録)。2023年5月にリリースされた6作目のアルバム『- (Subtract)』と、それから間を置かず同年9月にリリースされた前作『Autumn Variations』では、情緒豊かなアコースティック寄りのナンバーを披露し、特に後者はそのタイトルが示すように秋色の黄昏感が濃厚だった。大々的にはシングルカットもなされず、ヒット・チャートとはしばらく距離を置きつつ、ツアー活動などに集中。だが、そんな内省的なシーズンも過ぎ去り、このニュー・アルバム『Play』では、陽気な春を迎えたかのようだ。ポップでカラフル、多彩なベクトルのサウンドが乱舞する。
オープニングを飾る“Opening”と題されたトラックで、ここ最近の苦悩やネガティヴ要因をいったん〈オープンに〉曝け出すことでアルバムはスタート。親友ジャマル・エドワーズの急逝、妊娠中の妻に腫瘍が見つかったこと、盗作疑惑で訴えられて勝訴したこと、さらには自身のキャリアや、次世代の台頭に焦りを覚えるなどといったことまでを事細かに吐露する。だが、その後のアルバム全体には穏やかなポジティヴ志向と、かけがえのないこの人生を大切に謳歌したいといった気持ちが溢れている。
先行シングル“Azizam”での異国情緒に驚いた人も多いだろう。このエキゾチックな方向性は、同曲の共作/プロデュースに関わったイリヤ(・サルマンザーデ)からの影響が大きかったという。イラン生まれのスウェーデン人プロデューサーである彼は、アリアナ・グランデからサム・スミス、テイト・マクレーまでを手掛ける引っ張りだこのヒットメイカー。この曲のタイトル〈アジザム〉とはペルシャ語で〈愛しい人〉を意味しており、イリヤのルーツであるペルシャ音楽が取り入れられている。エドが語るところによれば実際に「ペルシャの伝統やカルチャーにインスパイアされた音楽を作ってみては?」というイリヤからの提言で挑戦したそうだ。結果にはエド自身も大満足。「リズムや音階、メロディーや楽器の多くが異なっていながら、僕が聴き慣れしんできたアイルランドの音楽と似通っていて大好きなんだ」と明かしている。