むかしむかし、ある深い山のふもとに、ひとりの音楽家が住んでいました……。高木正勝の新作『かがやき』を聴き始めると、思わずそんな昔話を聞いているような気分になってくる。なんだか懐かしく、その上とても不思議な気分にさせられる作品だ。
「最初はただ、ここ最近の仕事をまとめるだけのつもりだったんですが、それだと出したくないなって思ってしまって(笑)。それで急遽新しい曲を作っていったんです」
昨年発表の前作『おむすひ』同様、2枚組のCDには大量のトラックが収められている。そのうちの1枚目は、フィールド・レコーディングを加工した楽曲が中心だ。とくに、老婆の声が聞こえてくる作品は、今作のトーンを決定付けている。
「近所に住んでいる97歳のおばあちゃんなんですけど、声が常に震えていて音として心地いいんですよ。好きな楽器の音を聴くのと同じような感覚かもしれない」
それまで京都で生活していた彼が、昨年偶然巡りあったという兵庫の里山に移り住んだ。そこでの日々の生活が、楽曲制作にもどんどん影響していったという。
「いわゆる過疎地といってもいいほど、どこに行くにも遠い場所なんです。庭で楽器を弾いていると鳥が一緒に歌ってくれたりするんですよ。『今録音しとけばよかった』って思ったり(笑)」
実際、《せみよび》という楽曲では、インドの弦楽器エスラジと蝉の声が掛け合いをする様子が録音されている。まさに、日常の生活の中から生まれた音楽といえるだろう。他にも、アフリカ開発会議に出席するためエチオピアに滞在したときの記録をコラージュした音源や、台湾のコンサート会場における観客の合唱なども配し、音楽と非音楽の狭間のような世界を構築。全編に彼の特徴的な静謐なピアノの音色は使われているし、初めて日本語で歌詞を書いて歌うという新たな挑戦がありながらも、過去の作品と比べて音楽的な主張は希薄であり、逆にそのことが大きな魅力になっている。
「もしかしたら、一般的な音楽が好きじゃないのかもしれない。きっちりとブースで録った音よりも、たとえば今聞こえている空調や人の声などが入っている方がドラマを感じるんです。でも、そのままだとまた違う。絵日記って情景を思い出しながら描くじゃないですか。曲作りも同じ。写真のようにそのままではないから、そういう意味で記録というよりはファンタジーに近いかもしれない」
なお、2枚目のディスクには、スタジオ・ジブリを描いたドキュメンタリー映画『夢と狂気の王国』と、NHK福井開局80周年記念ドラマ『恐竜せんせい』のオリジナル・サウンドトラックを収録。こちらは、ピアノとストリングスを基調にした端正な響きを大切にしている。とはいえ、2枚通して聴いても違和感なく繋がっていくのは、高木正勝の音楽がぶれていない証拠だろう。
「頼まれた仕事だからといって、無理しているようなことはないですね。逆に自分の作品だと来年のこととかいろいろ考えてしまうんですけど、映画やCMはこれまでのキャリアを評価してもらっているわけだし、今やりたいことをそのまま仕事に当てはめる感覚なので、ありのままの自分がそのまま出ている気がします」
そして今回も前作に引き続き、さとうみかをによる絵本の付いたパッケージになる。こういったアプローチも、音楽だけでなく映像作家としてヴィジュアル面にこだわる作家ならではの特徴だ。
「個人的には、音楽なんてデータだけでもいいんですよ。実際、CDを買ってもPCに取り込んだらしまい込んでしまうし。でも、近所のおばあちゃんや幼稚園で会うお母さんなど、聴いてほしい人は配信とは無縁だったりする。だからきっちりとしたCDの形にして、届けたい人に届けたいと考えています」