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〈ディスコ〉をキーワードにポストパンクも巻き込んだthe telephones

海外における〈ロックンロールリバイバル〉と同時期のムーブメントであり、同じように日本のバンドシーンにも大きな影響を与えたのがポストパンクのリバイバルとエレクトロ。ポストパンクでは、ニューヨーク発のザ・ラプチャーが名曲“House Of Jealous Lovers”を含む『Echoes』を2003年に発表し、そのプロデューサーだったレーベルDFAの主宰ジェイムズ・マーフィーによるLCDサウンドシステムが2005年にセルフタイトルのファーストアルバムを発表。2024年のフジロックで急遽ヘッドライナーを務めたザ・キラーズもこの時代を代表するバンドだ。

エレクトロの流れではダフト・パンクが2005年の『Human After All』で歪んだシンセベースを鳴らし、ジャスティスらのフレンチ勢がそれに続いた。ポストパンクやエレクトロによる狂騒的なパーティーは〈ニューレイヴ〉にも繋がり、クラクソンズらが時代の顔となったことも思い出される。

こうしたポストパンクの流れに反応し、成功を収めた日本のバンドを代表するのが2005年結成のthe telephones。〈ディスコ〉をキーワードに掲げ、ガレージロックやシューゲイザーの要素も内包する音楽性はポストパンクの枠組みを大きくはみ出すものと言えるが、〈ロックフェスでオーディエンスを踊らせる〉ということにおいて、この時代に瞬間最大風速を記録したのは確かにこのバンドだった。

the telephonesは2009年のメジャーデビューに先駆けて、2008年にTHE BAWDIES、QUATTRO、The Brixton Academy、PILLS EMPIREとともにライブイベント〈Kings〉を立ち上げた。ロックンロールとポストパンク、双方のリバイバルを巻き込み、2011年には今はなき新木場STUDIO COASTでイベントを成功させるに至っている。

 

サカナクションの登場、そしてフェスブームへ

一方、日本においてエレクトロの流れをJ-ROCKのシーンに取り込んで、the telephones同様にフェスで爆発させたのが、こちらも2005年結成のサカナクション(なお、同時期のJ-POPシーンにおいては中田ヤスタカの存在が象徴的で、その後のPerfumeやきゃりーぱみゅぱみゅのブレイクに繋がっていく)。2007年に『GO TO THE FUTURE』でメジャーデビューを飾ると、2010年の“アルクアラウンド”で人気に火がつき、先鋭的なサウンドメイクと、抒情的な日本語詞とメロディーを組み合わせた作風を確立。セルフタイトル作『sakanaction』をリリースした2013年には「NHK紅白歌合戦」に初出場と、時代の寵児となった(なお、本稿を一度書き上げたあとに12年ぶりの「紅白」出場が決定している)。

サカナクション 『GO TO THE FUTURE』 BabeStar/ビクター(2007)

サカナクション 『sakanaction』 NF/ビクター(2013)

なお、サカナクションは2009年にthe telephones、OGRE YOU ASSHOLEとともにライブイベント〈version 21.1〉を開催。2012年にはこの3組にandymori、THE BAWDIES、9mm Parabellum Bulletを加えて、横浜アリーナでイベント〈version 21.1 fourth〉を成功させた。今振り返ると、この横アリでのライブが2000年代後半の流れの総決算だったように感じる。

サカナクションとthe telephonesの躍進が示すように、2010年前後になるとロックフェスの一般化・多様化が進み、2009年には〈RADIO CRAZY〉、2010年には〈JAPAN JAM〉が始まって、2014年には〈VIVA LA ROCK〉が初開催。フェスでの活躍とバンドの人気がより密接となった、2010年代の新たなJ-ROCKのシーンが形成されていくことになる。