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©Storm Thorgerson

〈狂気〉の先に〈不在〉が浮かぶ

 ここまで書いてきた時点で、すでに筆者の頭のなかは収拾のつかない状態に陥っているのだが、妄想めいたことを言い出す前に、肝心のアルバム本編について述べておこう。『Wish You Were Here』は彼らにとって9枚目のオリジナル作品にあたり、〈炎~あなたがここにいてほしい〉という邦題でも知られているが、その日本語の選択がバンド側からの指示によるものだったという事実が興味深い。そこにどのような意図があったのかはわからないが、当時のピンク・フロイドが特殊な状況にあったことは間違いない。それまで彼らは必ず年に1枚以上はアルバムを発表していたが、この作品が登場するまでには前作『The Dark Side Of The Moon』から約2年半も空いているのだ。昨今の常識で考えればそれでも短いくらいだが、その2年半の期間は彼らにとっては大きな意味を持っていた。

 〈狂気〉の邦題で知られる前作は誰もが認める傑作だったが、それに続く新たなマスターピースが期待される状況下において彼らが選んだのは、楽器を一切使用せず、ごく身近な家庭用品などによる音だけを用いながらの創作だった。結果的にそれは実を結ばずに終わったが、そうした行為自体がまさに〈狂気〉じみている。そして本作は、表題そのものが示すようにある種の〈不在〉を主題となった。ロジャー・ウォーターズは否定しているものの、そこにはやはり初期の中心人物だったシド・バレットの姿がちらつく。このアルバムの本編の半分以上は、第1部と第2部に分けられた“Shine On You Crazy Diamond”により占められているが、同楽曲からは彼に対する哀惜の念を感じずにはいられないし、その間に挟み込まれた3曲で吐き出されている音楽産業に対する皮肉に満ちた感情からは、当時の彼らが味わっていた重圧の大きさが窺える。ただ、そうした深層の部分に目を向けずに触れても、彼らがこの作品でさらなる音楽的な高みに達していることは疑う余地もないし、ことにデヴィッド・ギルモアの貢献度の大きさには特筆すべきものがある。

 記録的なロングセラー作品としても知られる『The Dark Side Of The Moon』は『Wish You Were Here』の発表後も全米チャートの上位に居座り続け、当時少年期にあった筆者も、本作については生まれながらにして前作を超えられない運命を抱えているかのようなイメージを勝手ながら抱いていたものだ。実際、本作の実績は、全米チャートでのランキング歴がまもなく1,000週を超えようとしている前作には及ばない。ただ、わずか1週のみで首位から転落した前作とは異なり、本作は2週連続で首位に輝き、75年を象徴する作品のひとつになっている。

©Storm Thorgerson

 ブルース・スプリングスティーンの『Born To Run』に痺れ、クイーンの『A Night At The Opera』に圧倒された75年当時、中学3年生だった筆者にとって本作は〈よくわからないけれど、なんだか凄い〉としか言いようがないものだった。時間経過のなかで、前述のような制作背景について知るようになり、さまざまな仮説が実証されていくかのような興奮を味わってきたが、こうして発表から半世紀を経てさまざまな事実が明るみに出ているいま現在もなお、この作品は謎めいた魅力に満ちている。誤解を恐れずに言えば、どこか聴きやすさがあるからこそいっそう怖い。つまり本作ならではの〈狂気〉がここにはある。そして僕の意識はまた妄想の世界へと向かうのだった。 *増田勇一

左から、ピンク・フロイドのライヴ映像作品『Pink Floyd At Pompeii - MCMLXXII』(Legacy)、73年作の50周年記念盤『The Dark Side Of The Moon(50th Anniversary Remaster)』(Pink Floyd/Legacy)、77年作『Animals』(Harvest)

左から、デヴィッド・ギルモアのライヴ作品『The Luck And Strange Concerts -Japan Edition』(ソニー)、ロジャー・ウォーターズのライヴ映像作品『This Is Not A Drill - Live From Prague』(Legacy)