“ガッツだぜ!!”“バンザイ〜好きでよかった〜”というウルフルズの代表曲を収めた名盤『バンザイ』がリリースから30周年を迎えた。ミリオンヒットを記録してバンドはブレイク、1990年代のJ-POPを象徴するアルバムである本作。その魅力を音楽ライター内本順一に綴ってもらった。 *Mikiki編集部

★連載〈名盤アニバーサリー〉の記事一覧はこちら

ウルフルズ 『バンザイ』 東芝EMI(1996)

 

突出した面白さのライブバンドによる奇跡の逆転劇

ウルフルズの3rdアルバム『バンザイ』。発売は1996年1月24日ということで、今年めでたく30周年。それを記念して3月25日にはオリジナルのアナログマスターテープに立ち返った最新リマスタリング音源のアナログ盤が発売となり、アルバム制作の裏側を描いたドキュメンタリー本「ウルフルズ『バンザイ』ザ・インサイド・ストーリー」も発売されるそうだ。

もう30年も経つのか……と思わず遠くを見つめてしまうが、このアルバムのリリース前後のバンドの破竹の勢いはよく覚えている。ウルフルズの結成は1988年。シングル“やぶれかぶれ”でデビューしたのが1992年5月で、1stアルバム『爆発オンパレード』が翌月発売。2ndアルバム『すっとばす』が1994年8月発売。

自分が初めてライブを観たのがいつだったか正確には覚えてないが、たぶん2nd『すっとばす』のリリース前後だった気がする。場所は彼らが頻繁に出演していた新宿・日清パワーステーション。“いい女”においてのマントショーのくどさにやられながら、こりゃあ最高のライブバンドだなと思ったものだ。が、ライブがいいからといってアルバムが売れるものではない、というのは昔からの常識。ライブがどんなによくてもそれがヒットに結びつかず、何年も苦闘を強いられるバンド、やがて終わっていくバンドは過去にいくつもあった。ウルフルズもライブバンドとして突出した面白さがあり、ライブハウスシーンで評判になりながらも、しばらくはまるで売れなかった。1994年は小室(哲哉)元年と言われる年であり、TKサウンドと呼ばれる電子系ダンス音楽隆盛のなかで彼らはどう考えても分が悪かった。

だがしかし、奇跡の逆転劇は起きた。1995年3月の6thシングル“トコトンで行こう!”に始まり、同年5月の7thシングル“大阪ストラット・パートII”、同年7月発売の8thシングル“SUN SUN SUN ’95”と立て続けにシングルを出すなかで徐々に風向きが変わり、同年12月の9thシングル“ガッツだぜ!!”で遂に大ブレイク。それを受けて1996年1月発売の3rdアルバムは堂々チャート1位を記録してミリオンセラーとなり、2月発売の10thシングル“バンザイ~好きでよかった~”も“ガッツだぜ!!”に続いてビッグヒットとなったのだ。

 

〈大阪のバンド〉としての個性をポップに仕立て上げた伊藤銀次の手腕

1994年作『すっとばす』までのウルフルズと、そうした一連のシングル曲とで、何が変わったのか。元来の持ち味や音楽性を大きく変えたのかといえば、そうではない。持ち味をより活かす、というか、伝わりやすく伝えていく。東芝EMIで新たにウルフルズを担当した子安次郎ディレクターがそのための戦略を立てたことで、状況が変わりだしたのだ。

まず、プロデューサーに伊藤銀次を迎えたこと。これが大きかった。シュガー・ベイブや『NIAGARA TRIANGLE Vol. 1』参加などもあるため、伊藤に対して都会的なサウンドに長けたミュージシャン/プロデューサーという印象を持つ人もいるかもしれないが、出身は大阪であり、関西音楽シーン特有の面白さ・濃さも熟知している。ウルフルズの持つ関西のバンドならではの個性を薄めることなく、しかし関東の人間も楽しめるポップさを加味して親しみやすい楽曲に仕上げる伊藤のプロデュース力はさすがだった。

それと竹内鉄郎(スピッツ、BONNIE PINKを始め多数のアーティストのMVを手掛けた映像作家)の手による遊び心いっぱいのMVもバンドのユニークな個性をわかりやすく伝えた。ほかにもいくつか要因はあるが、特にこの2点によって世間のウルフルズに対する注目度がグッと高まったのは間違いないだろう。