今年、デビュー30周年ツアーを開催したMy Little Lover。その大ヒット作『evergreen』がリリースされたのは1995年12月5日。ミリオンヒットシングル“Hello, Again 〜昔からある場所〜”をはじめ、名曲の数々が詰まったデビュー作にして金字塔だ。J-POPがピークへ向かっていった1995年という時代の空気、そして当時を代表するプロデューサー小林武史の手腕が感じられる本作を、ミュージシャンでライターのKotetsu Shoichiroが振り返った。 *Mikiki編集部
震災にオウム事件、1995年という時代の揺らぎ
1995年、小林武史プロデュースによる新ユニットとして登場したMy Little Lover。『Man & Woman/My Painting』、“白いカイト”、そして“Hello, Again ~昔からある場所~”と、デビューから立て続けにヒットシングルを連発し、その勢いのままリリースした1stアルバムが『evergreen』だ。音大生だったakkoのピュアな歌声、藤井謙二のギター、そこに小林のディレクションが加わることで生み出されたこのアルバムは、発売初週でミリオンセールスを記録し、総売上は約300万枚に達する。初作にして完成された名盤である。
30年を経て聴き返すと、1995年という時代の空気をひしひしと意識させられる。恋心についての歌だが、まさに宙に浮かんで揺れる凧を歌った“白いカイト”や、“Hello, Again ~昔からある場所~”の歌詞では、揺れるアイデンティティや過去への憧憬といった感情が、風景に託される。それがakkoの瑞々しくも儚い声が歌われることで、曲は当時の〈揺らぎ〉そのものを帯びる。バブル崩壊後の停滞、阪神・淡路大震災やオウム地下鉄サリン事件の衝撃――1995年という、繊細でナイーブな時代の感性が、これらの歌を選んだとも言えるだろう。
小林がakkoと同世代の女性を想定して歌詞を書いたであろう“Free”の〈新聞も読まない あたしでも/毎日TVみたり 毎日街に出たり/すればわかる 時代(とき)のムード〉というラインも象徴的。“My Painting”も不安定でどっちつかずな〈Single girl〉についての曲で、〈無重力に揺れている〉と歌われることから、『evergreen』が1995年という激動の時代を生きた人々の〈揺らぎ〉に同期したためにヒットしたことは明らかだ。
My Little Loverは渋谷系?
同時代の渋谷系と比較してみるのも面白い。My Little Loverが渋谷系に含まれることは稀だが、PIZZICATO FIVEのような“Man & Woman”のMVや、“Magic Time”のヒップホップ的ビートや、オルガンやトランペットを用いたジャズファンク的感覚、モータウンビート調の“My Painting”など、共通点は確かにある。“Free”でのジャクソン5“I Want You Back”の引用も聴き逃がせない。〈いかにマイナーな元ネタを見つけてくるか〉という渋谷系マナーからすると、かなり大胆なセレクトではあるが。このあたりは小林と渋谷系ミュージシャンたちとの、〈洋楽〉観の世代の差なのかも知れない。管楽器の大胆な使用など、渋谷系的なソフトロックへのオマージュも聴けるが、通底するのはマニアックというよりも王道な60~70年代の〈洋楽〉への敬愛だ。
実際、RedditやYouTubeで、海外の〈日本の音楽マニア〉のコミュニティを見ていると、海外リスナーの〈Shibuya-kei〉プレイリストにPIZZICATO FIVEやSATELLITE LOVERSと並んでMy Little Loverが入っているのは珍しくない(スピッツなども)。マーケット事情を知らず、純粋にサウンドとフィーリングで分類すれば〈マイラバ=渋谷系〉というカテゴライズも成り立つのだろう。ちなみに小林武史は、自身のサウンドの影響源にたびたびバート・バカラックの名を挙げているが、バカラックは渋谷系ミュージシャンにとってもまさにご本尊的存在だ。
サウンド面で言えば『evergreen』は、バックミュージシャンの名演も聴き逃がせない。表題曲の〈ラライヤオー〉という印象的なアウトロのコーラスは、セルジオ・メンデスのグループで活躍したボーカリストのジョー・ピズーロによるものだ。また、村田陽一、山本拓夫といった名うてのプレイヤーたちも多数参加している。“Hello, Again ~昔からある場所~”では、青山純のドラムが聴けるのも嬉しいポイント。長年、山下達郎のバックを務めたことで知られるベテランだが、2013年に没している。在りし日のビートに耳を傾けたい。
時代のタイムカプセルであり、普遍的な耐久性も備える
このように、『evergreen』――〈普遍〉を冠したこのアルバムを聴いていると、歌の向こう側に、過ぎ去った時代の風景が自ずと立ち上がってくる。タイムカプセルとしてのポップミュージック。過去へのアクセスポイントとして機能し得るだけの〈耐久性〉を備え、それが偶然ではなく、精密なプロデュースのもとに意図的に生み出された。その狙いがマーケティング的な結果とともに、ここまで長く、大きく成功したJ-POPの例は、決して多くはないだろう。
