©Yoshiyuki Nagatomo

自らのアイデンティティと真摯に向き合う坂東の新作が、2025年2月のワーク・イン・プログレスを経て、いよいよ本公演へ!

 2024年の劇場アニメも絶賛された藤本タツキの漫画「ルックバック」は現在、是枝裕和監督による実写映画の制作が進んでいる。音楽を担当するのは「大豆田とわ子と三人の元夫」や「怪獣8号」など、劇伴を手掛けるたびに話題を呼ぶ坂東祐大だ。クラシック音楽と現代音楽をバックグラウンドに作曲をしている坂東は近年、大きな問題意識を抱えているという。

 「どれだけ創作して、これが新作ですと世に出したとしても、根っこがないという気持ちになることが増えてきました。それは僕個人の話ではなくて、日本の作曲の歴史が実は〈根無し草〉なんじゃないかということです。 何故なのかと考えてみたのですが、原因のひとつは今の日本のシステムだと作曲を専門教育で学ぼうとする際、現状だとほとんど西洋音楽のフレームワークでしか勉強できないからじゃないかと。西洋の音楽理論は教会音楽が根っこにあるわけで、日本人でキリスト教徒でもない僕がそこに繋がる必然性があるのかと自問するようになりました」

 じゃあ日本人なのだから明治以前の伝統的な邦楽に立ち戻ればいいのではないかといえば、それも実は非常に難しい。

 「自分が学生の頃に必死にインストールしてきた西洋音楽のフレームワークだと、邦楽はきちんと理解できない。それに西洋的なフレームワークで考えて分かったつもりになるのは、オリエンタリズムと変わらないんじゃないか。そう考えていくと、一から邦楽を勉強するしかないんですけど、日本の伝統音楽は演奏の先にしか作曲はありませんし、同じ名前で呼ばれている楽器でも流派や文脈によって考え方がまるで違う。だから西洋音楽のように様々なスタイルを学ぶことは困難なんです」

 もっと伝統的な邦楽を大切にしつつ、西洋音楽を取り入れていくことは出来なかったのだろうか? この疑問に真摯に向き合ったのが「坂東祐大 新作 ムジークテアター 『キメラ』 - あるはずのないメソッドの空想」である。

 昨年にワーク・イン・プログレス(進行中の未完成作品)として一旦上演された舞台作品で、その内容が高く評価された坂東は、伝統と名誉ある毎日芸術賞において、40歳未満を対象とした〈ユニクロ賞〉を受賞している。今年3月にいよいよ、ブラッシュアップした本公演を迎えるというのだから必見だ。

 「日本における民族音楽研究の先駆者であった小泉文夫は、外国で発達した西洋音楽が日本に本当に根付くのかと問いかける辛辣な文章を残しています。僕も本当の意味で根付くかといえば〈ノー〉だと思っている立場ですが、僕自身としては西洋音楽が好きなんです。でも、それでもヨーロッパやアメリカで最先端のアートやエンタメを追えば、これから進むべき道が視えるかといえば、そんなこともない。だからやっぱり日本でルーツを見つけたいのに、それもおいそれとは出来ない。自分で意識的にルーツを確定させるしかないんです。そのために前回はリコーダー奏者で音楽学者の菅沼起一さんにリサーチを協力していただいて論文をひたすら沢山読みました。時間が許す限り、ずっと調べていましたね」

 ルーツを自分で見出すため、〈もし日本に西洋音楽を輸入した方法が今と違っていたら? あるいは日本の伝統楽器が違う形で発展していたら?〉という空想を、坂東はアカデミックな研究を踏まえて進めていく。その成果が、昨年の公演では第1部で〈あるはずのないメソッドのレクチャー〉という形で、まず披露された。虚実ないまぜにして語られる歴史は明らかにおかしく、客席では笑いが巻き起こるのだが、なんと滑稽な内容の一部は紛うことなき歴史的な事実だったりする。ネタバレを避けるため、これ以上は会場で実際に目撃していただきたい。

 そして第2部でいよいよ、あるはずのないメソッドに基づく演奏が行われるのだが、演奏者に課された負担が尋常ではない。

 「まず演奏者全員に違う楽器を勉強してもらいました。フルートの多久潤一朗さんは、篠笛を〆野護元さんからみっちりレクチャーしてもらって、縦書きされた龍笛の譜で演奏できるようにしてもらったんです。ちなみに、こちらが意図したわけじゃないんですけど多久さんはピッコロで龍笛のような演奏ができるようになりました(笑)。尺八の長谷川将山さんには、多久さんからフルートを学んでもらったんですが、将山さんからすると今まで学んできたこととは逆の音楽作りがもとめられたようで、その過程はみていてものすごく面白かったです。同じようにヴァイオリンの尾池亜美さんには胡弓を学んでもらっています。つまり自分が学んできた楽器で美徳としてきたものを一回全部捨ててもらいたかったんです。その上でハイブリッドな楽譜を考えて、実際に演奏者の方にこんなことをやりたいと伝えて、記譜法を修正し……というプロセスで作っていったので、普通の作曲とはまるで違っています。むちゃくちゃ手がかかるんですけど、そこまでやるからこそ凄いものが出てくるというのが分かっただけでも得るものが大きかったですね」

 西洋と日本の音楽が真正面から混ざると、今あるものよりももっととんでもなく変なものが出来てしまう。両者は簡単には混ざらないのだ……坂東はそう語る。だからこそ、ギリシャ神話に登場する異なる動物の身体をあわせもった怪物である〈キメラ〉という名前がこのムジークテアターには付けられているのだ。胡弓をヴァイオリンのように弾いてみたら? 箏(琴)でギターのカッティング奏法をしてみたら? 珍妙なだけではない驚きの音楽を目撃せよ!

 


LIVE INFORMATION
坂東祐大 新作 ムジークテアター
『キメラ』 - あるはずのないメソッドの空想

2026年3月21日(土)彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
開演:14:00/19:00

2026年3月22日(日)彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
開演:14:00

■出演    
坂東祐大(作曲家/音楽家)
多久潤一朗(フルート)
長谷川将山(尺八)
尾池亜美(ヴァイオリン)
閑喜弦介(ギター)

https://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/106175/