©Shinryo Saeki

コンテンポラリー・ミュージックと社会を再接続する作曲家

 2021年10月、箏曲家のLEOが坂東祐大に委嘱した新曲“間の観察”の初演を紀尾井ホールで聴いた。箏の独奏がメトロノームの揺らぐことのないテンポに近づいては遠ざかるその音楽は、坂東の作曲家としての特質をよく表していた。この作品を聴いた人は、タイトルや解説がなくとも、箏がメトロノームと繰り広げる格闘のなかに、西洋と東洋の時間感覚の隔たりや現実の時の流れと人間の感覚のズレといったテーマを見つけることができるだろう。言葉ではなく音楽によって作品のコンセプトが明快に伝わってくるというのは、坂東祐大という作曲家の重要な要素のひとつである。

 24歳で芥川作曲賞(現芥川也寸志サントリー作曲賞)を受賞した坂東の才能は、コンテンポラリー・ミュージックの世界で早くから注目されてきた。しかし坂東は「現代音楽」に留まることなく、映画やドラマなど映像のための音楽や、ポップスのアーティストとのコラボレーションにも積極的に取り組み、その活動領域を拡大してきた。ジャンルにとらわれない幅広い仕事を通して、坂東は現代社会における作曲家やコンテンポラリー・ミュージックのあり方について考え、そうした問題意識を自らの作品のなかに投影していった。

坂東祐大 『TRANCE / 花火』 コロムビア(2022)

 この度リリースされた坂東の初の作品集『TRANCE / 花火』には、坂東が20代で作曲した3つの作品が収められている。このアルバムを聴けば、坂東が作曲家として何を考えてきたのか、その思考の道のりを辿ることができる。芥川作曲賞の受賞記念作として、サントリー芸術財団の委嘱を受けて作曲されたピアノ協奏曲“花火”は、中国のアーティスト、蔡國強(ツァイ・グオチャン)の花火を用いたインスタレーション「スカイ・ラダー」にインスパイアされた作品だ。美しい瞬間が現れては儚く消えていくという、花火と音楽に共通する性質を、特殊な調律によって「壊された」9つのピアノの音で表現した。花火とオーケストラが持つ社会性もこの作品の重要なテーマであり、そこにはアーティストと社会の接点を模索する若き作曲家の姿がある。

 Ensemble FOVEの仲間たちとスタジオに篭って作り上げた大作“TRANCE”では、今日の作曲家の仕事とそのアウトプットの形態がテーマとなっている。映像のための音楽やポップスの世界では、譜面に音を書くだけでなく、ミキシングやマスタリングな ど、音楽が実際に聴こえる状態になるところまで作曲家が立ち合って、その音像をデザインすることが求められている 。コンテンポラリー・ミュージックでも、それが録音物として聴かれるのであれば、楽譜へのアウトプットだけでなく、レコーディングも含めた全てのプロセスに作曲家の仕事が及ぶべきだと坂東は考えた。その答えが5年の歳月をかけて完成した“TRANCE”である。この作品にも、現代のライフスタイルに適応したコンテンポラリーミュージックのあり方を追い求める、坂東らしいコンセプトが貫かれている。

 このアルバムのなかで1番新しい作品である“ドレミのうた”は、“TRANCE”と兄弟のような関係にあるスタジオワークだ。ここで坂東がテーマに選んだのは、クラシック音楽の文化圏で当たり前に信じられている常識であった。音階がドレミであることや、皆が歌ったり楽器を演奏したりすること。それらを奇妙なことだとは思わないように訓練されている私たちの「普通」を、坂東は容赦なく解体し、脱構築していく。この作品も“間の観察”と同じく、誰もが音楽によってコンセプトを理解できるように、緻密に組み立てられている。“TRANCE”も“ドレミのうた”もループして聴くことが可能であり、その音楽体験は私たちを現実の時間軸から切り離す。

 このアルバムはこれまでの創作を記録したものであると同時に、これからの挑戦への出発点となるものだと坂東は語る。さまざまなメディアで坂東の名前を目にしていたけれど、まだその実像は掴めていないという方は、ぜひこのアルバムを手に取って、坂東祐大研究を始めてみてはいかがだろうか。

 


PROFILE: 坂東祐大(Yûta Bandoh)
作曲家/音楽家。1991年生まれ。大阪府出身。東京芸術大学附属音楽高等学校を経て、東京芸術大学作曲科を首席で卒業。同修士課程作曲専攻修了。第25回芥川作曲賞受賞(2015年)、長谷川良夫賞(2012年)、アカンサス音楽賞(2013年)受賞、第83回日本音楽コンクール入賞。2016年、Ensemble FOVEを創立。代表として気鋭のメンバーと共にジャンルの枠を拡張する、様々な新しいアートプロジェクトを多方面に展開している。

 


LIVE INFORMATION
KAC Performing Arts Program 2021 / Music #2 坂東祐大「耳と、目と、毒を使って」
2022年3月13日(日)京都芸術センター 講堂
開演:13:30/17:30(開場は各30分前)
作曲・構成:坂東祐大
出演:多久潤一朗(フルート)/東紗衣(クラリネット)/大家一将(パーカッション)/LEO(箏)/前久保諒(キーボード)/矢部華恵(声)/有馬純寿(エレクトロニクス)
https://www.kac.or.jp/events/31669/