ビースティ・ボーイズの名盤『To The 5 Boroughs』が再臨!

 MCAことアダム・ヤウクが2012年にこの世を去って、ビースティ・ボーイズが活動を終了してから10年以上の時が経った。結果的に最後のアルバムとなった『Hot Sauce Committee Part Two』(2011年)の完成後にもレコーディングが行われていたことは知られており、当初はマイクDとアドロックも何かしらの活動を続けていく考えはあったようだが、最終的には2014年になって今後ビースティ・ボーイズとしての活動が行われないことが改めて明言されている。2018年には二人による回顧録「Beastie Boys Book」が出版され、それを元にしたスパイク・ジョーンズ監督のドキュメンタリー「ビースティ・ボーイズ・ストーリー」も2020年に公開。同作のサウンドトラック的な意味合いも添えて新たなベスト盤『Beastie Boys Music』もコンパイルされ、それ以降のグループとしての動きはない。

BEASTIE BOYS 『To The 5 Boroughs (Deluxe Edition)』 Capitol/ユニバーサル(2026)

 そんな折に、2004年にリリースされた彼らの名作『To The 5 Boroughs』の〈デラックス・エディション〉が2CDもしくは3LPのフィジカル盤として登場した。だいたいの20周年記念盤という感覚で捉えることもできるが、改めて聴いてみると3MCのフレッシュさに強く惹きつけられるし、時代やトレンドが何周もしたこともあってかサウンドも古びて感じられない。それでも、昨今こうしたテイストの作品に出会えないことを思えば懐かしくなる往年のリスナーは多いだろうし、なんなら本作自体がもともと表現として内包する懐かしさも相まって、二重構造のノスタルジーを感じる人もいるのではないだろうか。この『To The 5 Boroughs』は、NYの5地区(マンハッタン/ブロンクス/ブルックリン/クイーンズ/スタッテンアイランド)を意味するタイトルやジャケに描かれた街並みからもわかるように、齢を重ねた彼らが故郷のNYに改めて眼差しを注いだアルバムであった。

 

路上文化の象徴

 もともとハードコア・パンクからヒップホップのスタイルに転じたビースティ・ボーイズだが、〈やんちゃ〉〈悪ガキ〉というパブリックイメージを体現していたのはだいたいファースト・アルバム『Licensed To Ill』(86年)が大ヒットしていた前後の話で、あるいはMVも含めた“Fight For Your Right”の振りまくイメージを真正面から受け取ったままの人も多かったのかもしれない。商業的に失敗するも高い評価を獲得した2作目『Paul's Boutique』(89年)の制作を機にLAに移り、ふたたび楽器を手にして臨んだ『Check Your Head』(92年)がグランジ/オルタナ時代の気風にもマッチしてメインストリームに返り咲いて以降の彼らは、マリオ・カルダートJrやマニー・マーク、エリック・ボボらのブレーンと共に、何をやっても粋に見られる域に突入した。新旧さまざまな音楽や映画へのマニアックな造詣の深さ、知性と俗悪さのバランス、MVなどのダサかっこいいヴィジュアル表現、レーベル運営や雑誌の発行など、サブカルチャー的な目配せの巧さも手伝って、いま改めて振り返ってみなくても、彼らこそが広い意味で90年代の米国ストリート・カルチャーを象徴する存在だったのは言うまでもないだろう。同時に、『Ill Communication』で全米No.1に返り咲いた94年には〈ロラパルーザ〉でヘッドライナーを務め、続く『Hello Nasty』(98年)はUKやオーストラリアなど世界各国でチャート首位に輝くなど、そのスタンスがメインストリームでも絶大な支持を得ていたことは忘れてはならない。

 そんな状態を維持しながら2000年代を迎えたビースティ・ボーイズは、『Hello Nasty』にまつわるツアーを終えると、しばらくはグループの動きを緩やかにするつもりでいたようだ。同作は80年代末に拠点を置いていたLAと地元のNYで制作されたものだったが、彼らは2000年から2001年にかけてNYで過ごしていたという。そのなかで徐々にレコーディングへと気持ちが向きはじめた彼らは、やがてカナルストリートのスタジオに入るようになった。そのスタジオの窓からはワールド・トレード・センターのビルが見えていたという。そして彼らは〈9.11〉に直面することになった。

 

ビースティ・ボーイズ最後のbounce表紙登場となった2011年5月号。
Soba Violence!

サウンドも含めたメッセージ

 見慣れていた建物が風景から消えてなくなり、故郷や世界の変化を受け止めるムードは3人の中に徐々に落とし込まれていったのだろう。彼らがアルバム制作のレコーディングを始めたのは2003年の2月だが(翌月には米軍によるイラクへの武力行使が始まった)、もともと次作を全編をラップ曲にしたいと考えていたアルバムの方向性がそうした諸々のシチュエーションに合致して誕生した作品こそ、故郷に捧げる『To The 5 Boroughs』だったわけだ。静けさすら伝えるような線画のアートワークを馬鹿馬鹿しい『Hello Nasty』のジャケと比べてみれば、方向性の違いは明白だろう。それは無駄を削ぎ落としたストレートなヒップホップ・サウンドという内容にも直結している。DJのミックス・マスター・マイクだけを従えたシンプルな昔ながらのサウンドは、必然的に彼らのラップそのものへのフォーカスを促すものになった。

 故郷への愛を表現する“An Open Letter To NYC”に明らかなように、ここでの3人はいままで以上に率直だ。パートリッジ・ファミリーからうら寂しいコーラスを引用してシリアスに聴かせる“Right Right Now Now”は銃規制を訴え、テクノっぽいビートの“It Takes Time To Build”では〈アメリカはまだ自分たちに力があることを誇示したいだけ/そんな真似を続ければ、やがて致命傷を負うだろう〉と当時のブッシュ政権の外交政策に異を唱えている。

 もちろん、〈9.11〉以降を感じさせる表現ばかりではないし、そもそもリリックだけでなくサウンドも含めたアルバム全体がメッセージであり、トリビュートである。先行シングルでもあったオープニングの“Ch-Check It Out”は威勢良くパーティーを盛り上げる曲で、簡素でソリッドで重たいビートの感触は90年代の彼らにはなかったものだ。LLクールJの声ネタでグイグイ牽引する“3 The Hard Way”は初期デフ・ジャムやマントロニクスの轟音を想起させるし、シュガーヒル・ギャングをリメイクしたような“Triple Trouble”はビースティが登場する以前のブロック・パーティーにまで遡ったようなオールド・スクール流儀が楽しい。ファスト・ラップの“All Lifestyles”や“Crawlspace”などトラディショナルでありつつ独創的なプロダクションも大きな聴きどころとなる。

 今回の〈デラックス・エディション〉のDisc-2には、シングルB面やEPなどで聴けたリミックスやレア曲が満載されている。ジャスト・ブレイズが往時のリック・ルービンに敬意を表した“Ch-Check It Out”のリミックスをはじめ、馴染みのエンジニアであるジョン・ウェイナーやベルギーのブレインパワー、元アヴァランチーズのデクスター&ゴードン、当時は〈元ブラー〉だったグレアム・コクソンといった面々の仕事も興味深い。交流の深い高木完を招いた“RRNN: Straight Outta Shibuya”も聴きものだ。それら追加の要素も含め、ここには本作が顧みた古き良き日の雰囲気もあるし、本作が世に出た2004年の空気感もある。そこに込められたフレッシュなサウンドとメッセージは時代を超えるものだろう。

関連盤を紹介。
左から、アヴァランチーズの2000年作『Since I Left You』(Modular)、ブレインパワーの2002年作『Verschil Moet Er Zijn』(PIAS)、高木完の93年作『HEAVY DUTY vol.1』(キューン)

マイクDとアドロックが参加した近作。
左から、カシアスの2019年作『Dreems』(Caroline)、パブリック・エナミーの2020年作『What You Gonna Do When The Grid Goes Down?』(Def Jam)、ハイヴスの2025年作『The Hives Forever Forever The Hives』(PIAS)

 

ビースティのおさらいと『To The 5 Boroughs』からの連想タイトルを紹介!

BEASTIE BOYS 『Licensed To Ill』 Def Jam(1986)

リック・ルービンの手掛けた重たいビートの塊を、けたたましいサイレンのようなラップで蹴っ飛ばす。したたかなロックの引用からふざけた“Girls”まで、弾けんばかりにフレッシュなファースト・アルバム。ケリー・キング(スレイヤー)がギターで参加。

 

BEASTIE BOYS 『Paul's Boutique』 Capitol(1989)

LAでダスト・ブラザーズにプロデュースを仰いだ2作目。初作とはまるで異なるサンプリング絵巻は〈ヒップホップ版『Pet Sounds』〉とも評された。組曲的な“B-Boy Bouillabaisse”など奇想が満開で、〈センスの時代〉としての90年代を先取りした傑作だ。

 

BEASTIE BOYS 『Check Your Head』 Capitol(1992)

全員が改めて楽器を持ってバンド編成で録音された、マリオ・カルダートJr制作の3作目。グレン・E・フリードマン撮影のジャケそのままにチープさとローファイ感を残した90年代らしさ全開の内容で、“Pass The Mic”や“So What'cha Want”などがヒット。

 

BEASTIE BOYS 『Ill Communication』 Capitol(1994)

前作の湯加減よりキャッチーな部分を前に出し、全米1位に返り咲いた文字通りのシュア・ショット。MVも有名な“Sabotage”やQ・ティップを迎えた“Get It Together”などの人気曲が目白押し。エリック・ボボとマニー・マークの活躍も目立つ。

 

BEASTIE BOYS 『Hello Nasty』 Capitol(1998)

オールド・スクール気分で賑やかに盛り上がる“Intergalactic”や“Body Movin'”を収めた絶頂期の快作。羽鳥美保やリー・ペリーら客人の幅も広げつつ、DJのミックス・マスター・マイクを重用した作りは『To The 5 Boroughs』への前触れとなった。

 

BEASTIE BOYS 『Hot Sauce Committee Part Two』 Capitol(2011)

意表を突くインスト作『The Mix-Up』(2007年)に続き、MCAの闘病などを経て届いた8作目。ナズとのコラボ“Too Many Rappers”など本道に戻ってラップを聴かせている。〈Part One〉の発表も仄めかされていたが結果的にはこれが最終作となった。

 

KANYE WEST 『The College Dropout』 Def Jam/Roc-A-Fella(2004)

ビースティとも組んだジャスト・ブレイズと並んで当時のロッカフェラで名を馳せた気鋭のプロデューサーが、ラッパーとして一気にブレイクした2004年。本作は翌年のグラミーで『To The 5 Boroughs』などを抑えて最優秀ラップ・アルバムに輝いている。

 

MF DOOM 『MM..FOOD (20th Anniversary)』 Rhymesayers(2024)

こちらの20周年記念盤も記憶に新しい、鉄仮面が食べ物をテーマに創造した人気作もまた2004年の特産物。マッドリブやカウント・ベースD、モールメンのPNSも招きつつ、自作のブーミンなビート中心にメタファーを凝らした内容はいつ聴いても独特だ。

 

DE LA SOUL 『The Grind Date (20th Anniversary Edition)』 AOI/Sanctuary/BMG(2025)

トミー・ボーイ後期に推進していた〈AOI〉シリーズを中断した3人がジェイク・ワンやディラ、マッドリブ、9thワンダーを制作陣に迎え、ギミックを抑えてストイックにラップに集中した人気作。その意味でも『To The 5 Boroughs』の同期に相応しい。

 

KRS-ONE 『Keep Right』 Grit(2004)

当時はビースティのアルバム名を聞いてKRSの“5 Boroughs”(98年)を思い出した人も多かったはず。ともかく、このブラスト・マスターの一本気が全開な本作も『To The 5 Boroughs』の同期に相応しく、ミックス・マスター・マイクも客演している。

 

LOGIC 『Vinyl Days』 Def Jam(2022)

エミネムらビースティを聴いて育ったラッパーたちよりも下の世代となるが、このメリーランド出身の気鋭もその流れで数えて人だろう。本作に収録されたセルフ・プロデュースの“Bleed It”では“Ch-Check It Out”を切り刻んでドープに聴かせる。

 

MIX MASTER MIKE, STEVE JORDAN 『Beat Odyssey 2020』 Jay Vee(2020)

いまやローリング・ストーンズのボトムを支えるスティーヴ・ジョーダンのドラミングと、ミックス・マスター・マイクのターンテーブルが繰り広げた即興セッションの模様を記録した一枚。ド迫力の重さで迫る刺激的なグルーヴに圧倒されること必至だ。