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エルヴィスのライブやルーツへの想いを体感できる構成

立田「私はそれほどエルヴィス・プレスリーに詳しくなかったので、エルヴィスというと(映像で見せるなら)50年代、60年代の最盛期なのかなと思っていました。しかし今回は、1970年のラスベガス公演や72年のハワイ公演といった複数の時期がシームレスに接続されているところも面白かったと思います。なぜ70年代をここで取り上げたとお考えになりますか?」

萩原「エルヴィスは60年代にほとんどライブをやってないんですよ。映画の中でもトム・パーカーという人物が出てきた。この人は(エルヴィスの)マネジメントをずっと手がけていたんですけど、非常に古い考え方を持っていた人で。その辺は前作の映画でもいろいろ描かれていましたが。要するにテレビとかにはあんまり出さなかったんです。観客が金を払って見る映画にしか出さない、みたいな感じで。

今作中でもちらっと本人が語っていましたが、60年代のエルヴィスはハリウッドの映画の世界に埋没していて。今思えばそこでもエルヴィスは素晴らしい音楽性を発揮してはいたんですけども、やっぱり生身の観客の前に出たいという意欲みたいなものを抱いていた。それが70年代の彼のライブにつながったわけです。その意欲が満ち溢れているのが、この映像というふうに捉えると面白いかもしれません」

立田「ラスベガスのレジデンシー公演とはどんなものだったのですか?」

萩原「エルヴィスは1950年代が最高だとよく言われたりもしますが、それはいわゆるロックンローラーとしてのエルヴィス。でも、その時期、彼はまだまだそんなに幅広い音楽を知っていたわけじゃなく、カントリーとブルースとゴスペル、それぐらいのものを自分の体にしたためた状態でした。

ロックンロールという新しい若者文化の象徴として50年代に活躍したわけですが、その後に徴兵されたりして一時休業。それからシーンにカムバックしてくるわけです。そうした60年代のエルヴィスの音楽っていうのはもうカントリーとブルース、ゴスペルだけじゃなくてもっと幅が広い。例えばカンツォーネ的なものがあったりクラシック的なものがあったり。ポピュラーアーティストとしての音楽的な幅広さみたいなものを、60年代のエルヴィスは体現してみせてくれたわけです。

けれど70年代に入ると、今度はその音楽的な幅広さはそのまま、生身の観客の前に出ていってそれを披露しながら、もう一度原点であるゴスペルとか、ブルースとかそういう方向に自分の持ち味を集約させていこうとしていった。そういう流れの入口に、この映画の時期のエルヴィスはいたんですよね。もう一度自分の中にある南部というルーツを再確認しているというか。その感じを体じゅうから放っているっていうかね。そんな感触を味わうには最適な時期のパフォーマンスなのではないでしょうか」