タワーレコード新宿店~渋谷店の洋楽ロック/ポップス担当として、長年にわたり数々の企画やバイイングを行ってきた北爪啓之さんによる連載〈聴いたことのない旧譜は新譜〉。そのタイトル通り、本連載では旧譜と称されてしまった作品を現在の耳で新譜として紹介していきます。
第14回は、発売50周年を迎えたボズ・スキャッグスのアルバム『Silk Degrees』を大特集。2026年5月から6月にかけて来日ツアーを行うボズが生み出したAORの名盤は、いったいロック史の何を変えたのか。北爪さんが再考します。 *Mikiki編集部
1976年はロック史において重要な年
ちょうど半世紀前、1976年にリリースされたボズ・スキャッグスのアルバム『Silk Degrees』は、アダルトオリエンテッドロック(AOR)の嚆矢ともいうべき名盤として語り継がれてきた。その魅力や影響力についてはすでに多く語られているが、それらを前提にしつつも今回はより大きな文脈の中でこのアルバムを捉えてみたい。
〈1976年はロック史においてかなり重要な年なのでは?〉という思いがこのところ強くなってきている。私事で恐縮だが、昨年「bounce」にてパティ・スミスの『Horses』とブルース・スプリングスティーンの『Born To Run』という1975年のアルバムについての記事を立て続けに書いたことで、当時のロックシーンとそれを取り巻く社会環境に対する解像度が高まったことがその理由だが、このボズ・スキャッグス原稿は、まさに〈1976年重要説〉の自分なりの解答かもしれない。
それまでシーンを先導していたビートルズの解散によって幕を開けた1970年代のロック史は、ハードロックやプログレ、グラムロックなどの細分化を経ながら隆盛してきた。しかしその一方、ロックビジネスの巨大化によって成功パターンが繰り返されるようになり、1970年代半ばにはすでに(1960年代のような)革新性を見失っていたように思える。そんな状況のなか、ロックが大きくアップデートされることになるのが1976年であり、しかもそれはまるで対照的な2つの方法によって更新されたのである。
ひとつは若年層を中心としたパンクロックの登場である。NYではラモーンズが、ロンドンではダムドとセックス・ピストルズがこの年にレコードデビューしている。技巧や装飾を拒否し、最小限のコードとDIY精神によってロックを再生しようとしたその姿勢は、過度に成熟したシーンに対する強烈な否定であり、失われつつあった初期衝動を取り戻そうとするムーブメントでもあった。
そしてもうひとつの動きが、のちにAORと総称されることになるソフト&メロウで都会的なロックの顕在化である。西海岸からはネッド・ドヒニーの『Hard Candy』、マイケル・フランクスの『The Art Of Tea』といった象徴的なアルバムが登場し、ドゥービー・ブラザーズも『Takin’ It To The Streets』でアーバンな音楽性へと大きく舵を切った。技術や調和に重きを置いたそれらの巧緻なサウンドは、ようするにパンクとはまったく正反対のものだったわけだが、再生産を繰り返すロックをどう刷新するかという共通認識を抱えていたという意味では、背中合わせのように近い関係だったともいえるだろう。
そして、後者のソフト&メロウという流れを決定的なかたちで可視化させたのが、全世界で500万枚以上という驚異的な売上を記録した『Silk Degrees』だったのだ。それまで散発的に存在していた〈洗練された大人のロック〉という感覚を、この一枚が商業的成功を伴うひとつのスタイルとして確立してみせたのである。
