ガルシア=マルケスらに影響を与えたラテンアメリカ文学ブームの先駆者が放つ最後の閃光!

 賭ける。勝ち、負ける。ツキを呼ぶものがそばにいれば右肩上がり。いなくなったら真っ逆さまに墜落。ほとんど無一文から金持ちになったのに、元の木阿弥。

 「黄金の軍鶏」は、タイトルどおり、闘鶏であり、カードだ。死にかけた軍鶏を介抱し、寝たきりの母を失った貧しい男、〈疲れ果てたディオニシオは、大きな石に身を預け、こわばった顔に、にじむような憎しみを宿し、心に誓った――二度と飢えに苦しむものか。翌朝、まだ薄暗い中、彼は町をあとにした。胸中には二度と戻らない決意を秘めていた。持ち物は、ぼろ布で包んだ小さな荷物ひとつ。縮こまった腕の下には、風や寒さから守るように抱えこんだ黄金の軍鶏。彼はその小さな生きものに運命を託し、荒野へと踏み出していった。〉

フアン・ルルフォ, 杉山晃 『黄金の軍鶏』 国書刊行会(2026)

 勝負事に興味がなくたっていい。ディオニシオの執念と行動を、運命を、読み手は追ってゆく。声をかけてくる手合いがいる。惹かれる女性がいる。いろいろな人物がでてきても、名を持ち、顔を持つものたちは多くない。この小説は、ひとが賭け事をするわけのわからない熱とうねり、疲労と惰性のなかへ、読み手を巻きこむ。

 ディオニシオのまわり、賭場には、音がある。

 〈外では、祭りの喧噪がけたたましく渦巻いていた。呼び込みの声が飛び交い、出し物の時刻が繰り返し叫ばれていた。福引やルーレットのかけ声がこだまし、賭博師やサイコロ打ちのくぐもった声、玉のありかを当てさせる山師の猫撫で声があちこちから聞こえてきた。闘鶏場からもどよめきが地鳴りのように伝わってきた。〉

 小説の冒頭、サンミゲル・デルミラグロ、〈遠くのほうで、お触れ屋の声が、かすかに響いていた。〉――この声がそもそもディオニシオだ。お触れ屋として暮らしていた男は、片腕が萎え、農作業や建設現場の仕事ができなかったが、〈よく通る声と、それを生かそうという意志があった。〉それが、町をでると、お触れ屋の、声のしごとから、遠ざかる。かわりにラ・カポネ―ラ、マリアッチとともに歌うラ・カポネ―ラの声にかわる。賭場で歌われ、何度か引かれる歌詞は、それとはなしにその場とひと、ひととの運命を暗示する。

 もとは映画のために書かれ、寡作な作家がそれまでに書いた「燃える平原」「ペドラ・ドラモ」とは異なった文体を持つ本作。無駄を排し、傍観者以上に読み手を参加させる。予想はできたがこんなふうにひとつところにまとまるかというところで幕。作品のながれそのものをひとつの音楽と。読めたことに感謝!