現代曲は過去の名作曲家の音楽の延長線上にある指揮者・沼尻竜典が考える〈音楽の継承〉と未来
世界的なコンサートホールであるサントリーホールは2026年、1986年10月の開館から40周年を迎える。今年は毎年恒例の現代音楽の祭典〈サントリーホール サマーフェスティバル2026〉でも現代作品を集めた40周年記念公演〈時を編む響〉が予定されている。東京交響楽団を指揮する指揮者の沼尻竜典に公演の狙いや現代の音楽作品への思いを聞いた。
〈時を編む響〉
対照的な特徴を持つ音楽を対比させる
〈時を編む響〉は、サントリーホールに縁のある作曲家から次世代を担う才能まで、多様で対照的な作品を通して、現代音楽の広がりと時のつながりを描くというコンセプトで企画された。
「サントリーホール40周年なのであまりマニアックに偏らないように考え、現代日本を代表する作曲家だった三善晃(1933~2013)さんと武満徹(1930~96)さんの音楽を選びました。私は三善さんの弟子でもあり、武満さんも私は直接知っている世代です。2人の作品を真ん中である第2部に入れて取り上げつつ、鮮度の高い作曲家やアーティストを取り上げたいと考えました」
こうして沼尻が選んだ作品は、三善晃“ソプラノと管弦楽のための『決闘』”(1964)と武満徹“ピアノと管弦楽のための『リヴァラン』”(1984)。三善と武満のあまたある作品のうち、なぜこの両作品が選ばれたのだろうか。
「三善さんの“決闘”はかつて私もアルバムで収録したことがあります。今回はソプラノ歌手の砂田愛梨さんに歌っていただきます。砂田さんとは以前群馬交響楽団とやったカルメンでも共演し、大変素晴らしい実力のある歌手です。ぜひこの曲を歌って欲しいと思っていました。武満さんのリヴァランはかつて私がNHK交響楽団でアシスタントをしていたとき、アシュケナージが弾き振りで演奏しました。この演奏には私も関わったので、今度は自分で指揮したいと考えていました。三善さんはアレグロ(快活に、速く)、武満さんはレント(ゆるやかに、遅く)が特徴的で、まさに2人の音楽は対照的で面白いです」
第3部はショーン・シェパード(1979~)“管弦楽のための『表現抽象主義』”(2017)とトーマス・アデス(1971~)“ヴァイオリンと管弦楽のための『アリア(エア)』~シベリウスへのオマージュ”(2021~22)。現代の音楽界で引っ張りだこであるシェパードとアデスが表現する〈抽象と具体〉の対比に焦点を当てた。
「ショーン・シェパードについては曲の抽象度は高いですが、国際的に高く評価された真の現代作曲家です。トーマス・アデスは個人的にも縁がある作曲家で、以前彼がコロナ禍で日本に入国できずにキャンセルになったとき、代役として私が指揮したことがあります。その時はヴァイオリン協奏曲を成田達輝さんの演奏でやりました。今回も演奏は成田さんなので嬉しく思います。アデスの曲はシベリウスへのオマージュということもありしっとりとした曲で、これもシェパードとは対をなす内容になります」
第1部で演奏されるカミーユ・ペパン(1990~)の“弦楽四重奏のための『シルヴァカーヌの水の葉』”(2019)と池田亮司(1966~)“9本の弦のための『op.1』”(2000~01)の対比も強烈だ。世界で最も知られた若手作曲家の一人であるペパンとアート、音楽の世界を自由自在に往還する個性的なスタイルが国際的にも高く評価されるアーティスト。この対比も今回の企画を象徴する〈並び〉である。
「第1部の2曲については指揮しないので曲の選定に関与していませんが、結果的に面白い対照的な曲が揃いました。第2部・第3部の4曲だけでかなり指揮するのが大変な音楽ですが、現代物の新しい作風がどんどん出てくる中、(まだ年齢的に動ける状態である)今のうちにやるべきだと考えています」
沼尻自身も、もともとは作曲家志望だった。その経験が、現代の音楽の演奏や継承への強い思いに結びついている。
「作曲家は本人が亡くなると、遠い昔の音楽であるような雰囲気になります。私自身は結局作曲家になることは諦める形になりましたが、作曲家がどんどんその時代から遠くなっていく感覚はよく分かります。その時代の音楽と我々をつなぐものは、後の作曲家の作品なのです。現代曲を演奏しないと、現代史と音楽が分断されて過去のものになってしまいます。今やっている音楽は、過去作られてきた名作曲家による音楽の延長線上にあるものです。傑出した才能を発揮した作曲家の音楽の内容を紹介することは極めて重要ですし、そうした音楽はあまたの作曲家に受け継がれていきます」
40周年を迎えるサントリーホール
日本の中心的なホールであり続けてきた理由
40周年を迎えるサントリーホールは、サントリーの中興の祖となった佐治敬三氏の強い要望によって指揮者カラヤンが設計段階から大きく関与した名ホールである。それだけに、このホールで数々の舞台に立ってきた沼尻にとっても印象深いという。
「サントリーホールはカラヤンやチェリビダッケなど世界的な名指揮者が数多く指揮してきた世界的なホールですし、あまたの演奏家の魂が宿っています。このホールで演奏するときはいつもピリッとした緊張感に包まれます。今後も日本の中心的なホールであり続けるでしょう」
沼尻自身はドイツ・リューベック歌劇場の音楽総監督として活動し、日本でもびわ湖ホール芸術監督を16年間務めるなど、オペラの世界で力を発揮してきた。近年は2022年に神奈川フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任するなど、オーケストラとの共演に注力している。
「私はもともと作曲家志望で現代音楽にも深く関わってきましたが、リューベック歌劇場、びわ湖ホールの活動によってオペラ指揮者というイメージが強くなりました。今は神奈川フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務め、各地のオーケストラとも関わることが多くなりました。特に今力を入れているのがオペラの演奏会形式上演です。特に地方のオケはオペラをやりたくても演奏する機会が限られてきましたが、私は演奏会形式で上演機会を増やし、オケや歌手の皆さんがオペラに関わる機会を増やしたい。かつて指揮者の若杉弘さん、歌手の畑中良輔さんがやられていたオペラの普及拡大に貢献したいですし、現代音楽と関わることで若い世代の指導や音楽の継承にも力を尽くしたいです」
沼尻は8月22日、サントリーサマーフェスで〈アンサンブル・ゴーフォーイット〉という現代音楽のアンサンブルを指揮し、リゲティ、藤倉大などの楽曲を演奏する。このアンサンブルはサントリーホールが新たに発足させた現代音楽演奏グループ。〈Go for it(頑張れ!)〉に〈実現したいことに粘り強く挑戦する〉という意味を込めた。
「若いアーティストをメンバーに据えることで、現代の音楽を身近なものにして継承する。こうしたグループによって年間を通じて現代音楽を演奏できる場ができることは重要です」
未来へと向かう道程において、音楽家たちが現代の音楽作品をどう捉え、どう咀嚼するか。今公演は世界最高峰のホールでその過程をリアルに見守ることができるまたとない機会となるだろう。
沼尻竜典(Ryusuke Numajiri)
1964年生まれの日本の指揮者、作曲家、ピアニスト。びわ湖ホール芸術監督、トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア音楽監督。1990年、第40回ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。ロンドン響、モントリオール響、シドニー響、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響、ベルリン・ドイツ響、デュッセルドルフ響、トゥールーズ・キャピトル管、フランス放送フィル、ビルバオ響等欧米各国のオーケストラを指揮。これまで、新星日響正指揮者、東フィル正指揮者、名古屋フィル常任指揮者、日本フィル正指揮者を歴任。2017年、紫綬褒章受章。
LIVE INFORMATION
サントリーホール サマーフェスティバル 2026
サントリーホール開館40周年記念
「時を編む響」
2026年8月27日(木)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:17:50/18:30
出演:沼尻竜典(指揮)、砂田愛梨(ソプラノ)、成田達輝(ヴァイオリン)、石上真由子(ヴァイオリン)、小林愛実(ピアノ)、東京交響楽団
■曲目
第1部
カミーユ・ペパン:弦楽四重奏のための『シルヴァカーヌの水の葉』 *日本初演
池田亮司:9本の弦のための『op.1』 *日本初演
第2部
三善晃:ソプラノと管弦楽のための『決闘』
武満徹:ピアノと管弦楽のための『リヴァラン』
第3部
ショーン・シェパード:管弦楽のための『表現抽象主義』 *日本初演
トーマス・アデス:ヴァイオリンと管弦楽のための『アリア(エア)』~シベリウスへのオマージュ *日本初演
アンサンブル・ゴーフォーイット
2026年8月22日(土)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開演:14:30/15:00
出演:沼尻竜典(指揮)、アンサンブル・ゴーフォーイット(コンサートマスター:水谷晃)、石井楓子(ピアノ)*、上村文乃(チェロ)**、児玉隼人(トランペット)***、有馬純寿(エレクトロニクス)
■曲目
八村義夫:『彼岸花の幻想』作品6(1969)*
アルノルト・シェーンベルク:15の独奏楽器のための室内交響曲第1番 作品9(1906)
ジェルジ・リゲティ:チェロ協奏曲(1966)**
アンドレ・ジョリヴェ:トランペット協奏曲第2番(1954)***
藤倉大:室内アンサンブルとエレクトロニクスのための『リチュアル(儀式)』~ピエール・ブーレーズの追憶に
サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ No. 48(監修:細川俊夫)
テーマ作曲家 ルカ・フランチェスコーニ
室内楽ポートレート
2026年8月23日(日)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開演:14:30/15:00
作曲ワークショップ × トークセッション
2026年8月25日(火)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開演:18:30/19:00
オーケストラ・ポートレート(委嘱新作初演演奏会)
2026年8月29日(土)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:17:20/18:00
第36回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会
2026年8月30日(日)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:16:20/17:00