photo: Mai Toyama

リサイタルという〈一本の線〉を描く音楽家の挑戦

 東京オペラシティの人気シリーズ〈B→C〉に、ピアニストで作曲家の秋山友貴が登場する。フランスに在住し、欧州現代音楽界の最先端で活躍を広げている俊英だ。公演を前に、秋山へ話を聞いた。

 彼の経歴が興味深いので、まずそれを紹介したい。東京藝術大学音楽学部作曲科を経て大学院修士課程作曲専攻を優秀な成績で修了したのち渡仏。パリ国立高等音楽院ピアノ伴奏科修士課程、そしてスコラ・カントルム音楽院ピアノ科ヴィルトゥオーゾ課程を修了し、現在はパリ国立高等音楽院指揮科、フルート科、オンド・マルトノ科の伴奏助手を務めている。そして、現代音楽アンサンブル〈イティネレール〉のメンバーであり、〈アンサンブル・アンテルコンタンポラン〉にもたびたび客演している。ソリストとして日本のプロオーケストラとも共演している秋山だが、彼はソリストだけでなく、〈アンサンブル・ピアニスト〉でもあるのだ。これがたいへん興味深い。

 クラシック音楽の歴史を振り返ると、作曲家が優秀な演奏家でもあったという例は多い。そういう場合に想像するのは、一流のソリストとしての演奏家であろう。しかし、例えばバッハをはじめとするバロック時代の一流音楽家の多くは、〈通奏低音奏者〉でもあった。アンサンブルのなかで全体を見渡しながら鍵盤楽器を演奏するのだ。アンサンブルの要として、他者と音楽的なコミュニケーションを図りながら演奏する。その経験は独奏にも、作曲にも、豊かな音楽的栄養を与えていたのではないだろうか。

 秋山に、あなたはまさにバッハのような音楽家ではないかと尋ねると、彼は「musicien complet(完全なる音楽家)」を目指していると言う。

 「歴史的には、作曲するひとは演奏もしていて、教育もしていました。フランスには、オルガニストであり作曲家でもあるひとがたくさんいます。専門分化される以前は作曲、演奏、教育がそれぞれ分かれていたのではなく、ひとりの音楽家の中にあることが理想とされており、それはまた自然なかたちでした。例えばバッハの鍵盤作品には、教育のために書かれたものが多くあります。“半音階的幻想曲とフーガ”もそうだと思いますが、そういった作品は誰かが公共の場で演奏するために書かれたわけではありません。しかし、それらの楽曲では技術的に進んだことをしながら、作曲家としての挑戦もある。バッハの作品は、楽譜上のものとしても面白いし、演奏する喜びもあります。演奏する肉体へのまなざしもあると思います。僕自身が作曲するときも、演奏する肉体というか、演奏するひとをある程度頭に置いています」