ようやく冬の終わりが見えはじめた、穏やかな陽気のある日。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、4年生トリオが顔を揃えていますね。
【今月のレポート盤】
子安翔平「早いもんやなあ」
戸部伝太「卒業式まで1か月足らずですからな」
逸見朝彦「おはようございます! おや、大先輩方が揃い踏みですね!」
生麦 温「部室の私物を整理したあと、たまには3人で飲みに行こうと思ってね」
逸見「それはイイですね! ところで、イイと言えばジェリーフィッシュ『Bellybutton』の〈Deluxe Edition〉ですよ!」
子安「イツミは本当に空気の読めんやっちゃなあ、ガハハ。まあ、ええわ。付き合ってやるわ。それって90年のデビュー作にライヴやデモ音源を大量に追加した2枚組のヤツやろ!?」
逸見「そうです! 昨年はウィーザーが最新作『Everything Will Be Alright In The End』で原点回帰したのに加え、レンタルズやシルヴァー・サンも久々のアルバムを発表しましたよね。さらにそのチルドレンとも言うべきビー・ライク・パブロやアティック・ライツのような若手も台頭し、完全に90sパワー・ポップ再評価の兆しが見えてきました! なので、ジェリーフィッシュのリイシューはその決定打になるんじゃないかと思うんです!」
戸部「とんだ戯言ですな。そもそも彼らはパワー・ポップ・バンドではないですぞ」
逸見「えっ!? 僕が巡回しているブログでは、〈90sパワポの代表格〉みたいなことが必ず書かれていますよ」
戸部「貴殿はちゃんと自分の耳で聴いているのかね? どう考えてもビートルズとクイーンの正統的なフォロワーでしょうが!」
子安「まあ、そうなんやけど、イツミの言う通りパワポ的でもある。ただ彼らの場合はバッドフィンガーやビッグ・スターのような70sパワポの延長上って感じやな」
生麦「90年代初頭にはグランジ・ブームがあったけど、グランジの連中は70sのパンクや、ブラック・サバスやレッド・ツェッペリンあたりのハード・ロックを再解釈していたよね!? それと同じ感覚で、ジェリーフィッシュは往年のポップなロックをリサイクルしたんじゃないかな」
戸部「卓見ですな。ポール・マッカートニーばりのポップな旋律に、クイーンの如き緻密でいて大胆な音の構築とハーモニー。重くて粗野なロックが全盛だった当時の米国に、それを蘇らせたセンスが非凡ですよ」
子安「そういう意味じゃ、彼らはポスト・グランジ的なところから登場したウィーザー以降のバンドとは、まったく違うポジションにおるね」
生麦「そうだね。最近の何でもかんでも〈90sっぽい〉って表現で済ませる風潮には違和感を覚えるよ。あたりまえだけど、90年代は10年間もあるんだからひと括りにしないでほしいね」
戸部「90年代とは70年代である」
子安「ガハハ、データ史観やな! それはともかく、メロディーやコーラスを重視したジェリーフィッシュのスタイルが、後進に与えた影響は確かにデカイ」
生麦「解散後も多方面で活躍しているよね。ロジャー・ジョセフ・マニングJrとジェイソン・フォークナーは、ソロを含むさまざまなユニット以外にもベックやエールのバックを務めたり、アンディ・スターマーはPUFFYのプロデュースやYUKIに楽曲提供したりして日本でも馴染み深いし」
戸部「実に個性的で器用なメンバー揃いですからな。小生も今回のデラックス盤は入手しましたが、とりわけライヴ音源が素晴らしい。彼らは演奏技術も相当なもので、ステージの完成度も同世代のバンドのなかでは図抜けていますな」
子安「おお、データがそこまで褒めるんなら買いやな! 最新リマスタリングっちゅうのも嬉しいわ」
生麦「じゃあ、お茶を煎れるから、聴いてみようよ。なぜかここにCDもあるしさ」
逸見「あ、いや、それ僕のです……。それにしても、先輩方はネットで検索しなくても、次々と知識が溢れ出てきて凄いです。改めて僕は感動しました! どうか卒業しないでください、うわ~ん!」
鮫洲 哲「チ~ッス! うわ、イツミが号泣してる!」
杉田俊助「Hello! あれれ、4年生トリオが揃っているなんてレアだネ!」
生麦「おはよう! みんなも一緒にお茶を飲もう」
ついにオンちゃんたちも卒業を迎えることになりましたね。この連載の1回目から顔を突き合せてきた学年なので感慨もひとしおですが、彼らのことだからまた遊びに来てくれることでしょう。ロッ研の物語はまだまだ続きます。 【つづく】