夜の底に跳ね返るキラキラな眩しさの奥で何を見る? グラスゴーの天才児が周到に作り上げたニュー・アルバム『Lantern』は、キラーな煌めきに溢れた24時間のストーリーのように……
〈アルバム〉を作りたかった
「かなりの間ソロ・レコードを出したいと思ってはいたんだ。ただ、『Butter』から現在までの間に何が起こったかというと……これまでよりずっと多くの人たちから作品に参加してほしいってアプローチされるようになった。TNGHTも自分たちが予想していた以上にデカいプロジェクトになったし。とにかく物事がそういうふうに進んでいったから、1年1年があっという間に消えていた!みたいな感じだったね。それに、〈いや、俺は自分のレコードを作るので忙しくなるから、この仕事はやれません〉ってなかなか言い出せない状況もあったんだよ(苦笑)。最終的にはオファーのいくつかを断らない限り、今後自分自身のレコードをリリースすることなんて到底無理だって決断できたけどね(笑)」。
ルニースと結成したTNGHTがトラップ景気に乗って大きな支持を集めたことももちろんだろうが、G.O.O.D.のオールスター作品『Cruel Summer』に端を発するカニエ・ウェストとの縁は、言うまでもなくハドソン・モホークをとりまく環境を激変させた。もちろん、ファースト・アルバム『Butter』(2009年)はエイフェックス・ツインの名前も引き合いに出されるほどのコアな支持を日本でもすぐに獲得した傑作だったし、耳の早いリスナーにとってはかの『Beat Dimensions Vol. 1』(2007年)にビートがピックされた時点から要注目の名前だったに違いない。が、例えばアルカほどの恩恵はなかったにせよ、ブロディンスキーらと同様に〈『Yeezus』に抜擢されたビートメイカー〉という文言はハドモーのプロフィールにおいて有効なフレーズとなっただろうし、業界内でのステイタスも段違いに上げたはずだ。
いずれにせよカニエとの縁はプッシャTの“Hold On”のようなG.O.O.D.産の曲はもちろん、ドレイクの“Connect”(ノア“40”シェビブと共同制作)やリル・ウェインの“Lay It Down”(ルニース、ディプロと共同制作)をはじめとするメインストリームのヒップホップ・チューンにハドソン・モホークの名前を刻んだ。冒頭に触れた発言を待つまでもなくハドモー自身のリリースはずいぶん停滞したものの(そもそもセカンド・アルバムは2011年に予定されていたのだ!)、それは数年を代償にしてもかけがえのない経験を彼にもたらしたに違いない。このたび登場したセカンド・アルバム『Lantern』からは、意識を新たにして大きく成長したハドモーの姿が見て取れる。
「前作を聴くと、ごちゃごちゃしていると思うんだよね(笑)。カオティックなサウンドだし、1曲のあちこちにいくつものレイヤーが入っていろんなサウンドが一気に聴こえたから。それに当時の俺は〈曲がある。じゃあ入れておこう〉って感じで、アルバム全体をどうアレンジするか、一枚のアルバムとして聴くとリスナーにどう響くのかはあまり考慮してなかったんだ。対して今回の新作は、皆に最初から最後まで通して聴いてもらえるような作品にしたかったし、そうやってアルバムとして聴くことで納得してもらえるものをめざした。いろんな曲やアイデアを寄せ集めたもの、というのではなくてね。だから、今回はトータルとしてのスタイルにそぐわないと思った曲は収録していないし、アルバムにまとまることで個々の楽曲がお互いにどう作用し合うのか、アルバム内で個々の楽曲がどう機能するかをもっと考えたんだよ」。
それゆえにCMソングとしても大きな話題を呼んだ昨年のシングル“Chimes”も(日本盤ボーナス・トラックとしては収録されているものの)選ばれなかったようだ。
「今回はベッドに寝転がってリラックスしている時に聴いてもいいし……そうだな、仕事に向かう通勤の途中にも聴けるし、一方ではクラブで聴くのが似合うような側面もある、そういうアルバムを作りたかったわけ。ひたすらイケイケの派手な曲ばかり続くようなレコードは作りたくなかったんだ。ある意味そういうものを作るのは簡単なんだけど、同時にあっという間に時代遅れになってしまう危険性もあるからね」。
音楽は楽しんで作るべき
そのように周到に組み立てられたニュー・アルバム。今回は「『Lantern』というタイトルもストーリーの一部分になっている」のだそうで、冒頭に置かれた表題曲から流れを意識して楽曲が配されている。
「アルバムは、夜明けに始まり、朝になる。俺としては“Lantern”が朝日の昇ってくるような、新たな一日の始まりだってふうに聴こえる曲なんだよね。そこから昼間の日差しを思わせるサンシャイン・ポップみたいなものが続いて、さらに聴き進めていくと夕暮れっぽい雰囲気でミゲルやジェネイ・アイコの歌うスロウなR&Bソングが出てきて、終盤にはクラブ・チューンが控えているっていう。皆が仕事を終えて一日の終わりにクラブに行くのと同じさ。つまり、24時間をアルバムという形で表現したんだ」。
往年のディプロマッツを連想させる感動的なループで描かれる序盤の“Ryderz”は夕暮れの情景を喚起するものでもあるが……とか本人の意図との差はともかく、そのような意図を前提にすること自体が本人にとって重要だったのは言うまでもない。そうしたストーリーを声の部分でサポートするのは、前作と比べても多いゲスト・アーティストたちだ。
「今回のポイントは、参加してくれる人たちと一緒にスタジオに入って制作することだった。ファイルのやり取りではなくてね。俺が音楽をいじっている横で彼らがリリックを書いているという状況だから、俺がその場で意見することもできるし、彼らが俺の音楽に意見を述べることもできる。〈スタジオで一緒にやっている〉ってヴァイブを曲に与えたかったし、一人で深く考えすぎて楽曲がいろんな音やアイデアの堆積層になるのを防ぎたかったのもある。いろいろ経験して俺も学んだというのかな、音楽作りの世界においては、テクニック云々よりももっと楽しみが基盤になるべきだろう、いまの俺はそんな感覚を抱いてるんだ」。
そんな感覚に基づいた取り組みの結果、少なくとも今回の『Lantern』において彼は〈トラックメイカー〉ではなく「総合プロデューサー的な役割っていうか、アルバムの全体を見渡す総合監督みたいになろうとした」という。その変化は、やはりプロデューシングの現場におけるカニエのリーダーシップや、リック・ルービンの姿勢に影響されたことも大きいようだ。そのような自信の表れはライヴ・パフォーマンスにも及ぶわけで、この夏の〈フジロック〉出演はまさに絶好のタイミングとも言えるんじゃないだろうか。
「日本は初めてじゃないけど、いままでは確かDJプレイしかやったことがなかったんだ。今年のライヴでやろうとしているのはフル・バンドのパフォーマンスだから、他の連中も連れていってライヴ・ショウをやるってのは初めてのことになる。これまでのハドソン・モホークのショウとはまったく違う経験になるはずだよ」。