[緊急ワイド] 永遠にマライア・キャリー
天使に休息の日は訪れる? 激動の日々はまだまだ続くのか? それでもひとつ確かなのは、彼女がこれからも歌い続けていくということ。デビューから25年を経て、時代も一巡した。古巣のレーベルに帰ってきたマライア・キャリー、永遠の歌はまたここから響き渡る
History in Making
マライアの物語はまだまだ夢の途中
天使、小鳥、蝶――彼女が好んで用い、歌詞に出てくる自身の喩えである。〈いつまでお姫様ごっこをやってるの?〉〈シンデレラじゃないんだから〉なんて声も聞こえてきそうだが、彼女のなかではいくつになっても、か弱く、儚く、純朴であり、いつか翼を得て、この辛く厳しい浮世から抜け出し、おとぎの国で大きな幸せを掴むのだと夢見る少女のままなのだ。そんな少女の妄想が実際に現実となり、いまやその夢のなかに生きているのだから恐れ入る。マライア・キャリーの歩みを改めて振り返ると、常に〈いまよりもっと輝きたい〉という幸せのバロメーター=幸福度が言動、活動、作品の基準となり、原動力となっている。だが、天はそう容易く微笑んでくれるわけじゃない。
大復活のその後は……
彼女がここ最近でもっとも幸せの絶頂にあったのは2008年あたりだろうか。2005年の大ヒット作『The Emancipation Of Mimi』で世紀の大復活を遂げ、幾度目かのキャリアの頂点を極めた後、続く2008年作『E=MC2』とそこからのファースト・シングル“Touch My Body”でふたたび全米チャートのトップを制覇。シンガーとしても順風満帆だったのに加えて、その頃はプライヴェートも充実していた。同アルバムからのセカンド・シングル“Bye Bye”のMV撮影を通して、俳優/歌手/コメディアン/司会業などで人気のニック・キャノンと意気投合し、交際から1か月足らずで電撃結婚を果たしている。
もっとも2人の出会いは2005年にまで遡るわけで、当時からニックは〈マライア・キャリーが理想の女性像だ〉と公言し、彼女の超ハイメンテで面倒臭い部分を含めて〈大好き〉という奇特(?)なお方であった。新婚ホヤホヤの2008年5月には、ニックを同伴してプロモーション来日を敢行。手繋ぎデートどころか、ほとんどニックがマライアの膝に乗っからんばかりというイチャイチャぶりだった様子を覚えている人も多いだろう。
そんな熱愛ぶりを象徴するかのように、前作から1年5か月という短いインターヴァルで発表された『Memoirs Of An Imperfect Angel』(2009年)は、夢見心地なハッピー・モードに包まれていた。まるで白昼夢のなかをまどろんでいるみたいにドリーミーな作風は、〈似たテイストのミディアムばかり〉と一部で不評も買ったが、ファンにとっては彼女の幸せいっぱいな心の内が窺い知れる嬉しい作品であった。天にも昇る……というより、昇ったまんまふわふわ浮いているフィーリングが、永遠に続くかのように思えたものだ。
トラブルと慶事と
が、良いことばかりが続いたわけではない。結婚した年の暮れ、クリスマスの直前には流産を体験。そのため彼女は、予定されていたツアーをはじめ、すべての仕事をキャンセルしている。2人にとって辛い試煉のクリスマスだったというが、それをきっかけに夫婦の絆はさらに強まったと後に明かしていたものだった。
また、なぜか数年ぶりにエミネムとのビーフが降って湧いたのもこの時期だった。〈かつて交際していた事実を認めろ〉と迫るエミネム。それを完全否定し、鼻で笑うマライア。この平行線はずっと続いていたけれど、てっきり確執は収束したものと思っていたら、突然エミネムがアルバム『Relapse』(2009年)に収録の“Bagpipes From Baghdad”というナンバーで、マライアのみならずニックを巻き込んで喧嘩を吹っ掛けてきたのだ。
当然ながら旦那ニックはマライアを擁護し、エミネムと激しくネット上で言い争うことに。もちろんマライア自身も黙っておらず、シングル“Obsessed”で反撃。〈なぜ私を付け回しちゃうわけ?〉と歌で問い掛け、PVではエミネムに扮して男装した彼女が(本人はエミネムのつもりじゃないと否定するけれど……)、最後にはバスに轢かれるというブラックな結末で応戦した。これにはエミネムも怒り心頭となり、いっそう過激な“The Warning”というアンサー・ソングで応じているが、この曲が非常に素晴らしかったりもして……。
さて、2010年暮れになると、前年の辛いクリスマスを正しくやり直そうとするかのように、華やかなホリデイ盤『Merry Christmas II You』をリリース。いまやこの季節の定番ソングとなった“All I Want For Christmas Is You”を収録した94年の『Merry Christmas』に続く、2枚目のクリスマス・アルバムである。前作は所属していたコロムビアの社長である当時の夫、トミー・モトーラの下で制作されていたが(PVにはモトーラもサンタ役で登場)、新しい夫ニックともう一度作り直したかったのかもしれない。そして同作のリリースと同時に自身のオメデタも発表。翌年4月には双子の男女、モロッカン君とモンローちゃんが誕生している。
そこからの子育て休暇も兼ねていたのか、2013年には「アメリカン・アイドル」の審査員に登板。しかし、同じく審査員を務めたニッキー・ミナージュとの衝突ばかりを衝撃的にフィーチャーしようとする番組の方向性には批判的で、後にこの番組への出演は〈最悪の経験だった〉と語っている。その間にも単発でシングルを発表したり、ダイエットに挑戦したり、香水やジュエリー・ラインを展開して多角経営者の才を発揮する彼女。流石は推定資産500億円超え(!)である。さらに女優としても映画「プレシャス」で高評価を獲得。同映画で演じた普通のオバサンぶりが話題になったが、本人から「あれは劣化メイクで素顔ではない」といちいち念を押すのが、いかにもマライアらしくて可笑しくもあった。
マライアには歌がある
2014年5月には、数回に渡るリリース日の変更を経て、現時点での最新オリジナル・アルバムにあたる『Me. I Am Mariah... The Elusive Chanteuse』を発表。しかし、この頃になると夫婦間に不協和音が聞こえはじめ、メディアからはディーヴァぶりをおもしろおかしく弄られたり、わざわざ音程の外れた歌に差し替えられた彼女のライヴ動画がネット上にアップされたこともあった。そして破局が決定的になると、一気にバッシング・モードへ雪崩れ込み、ちょうど前夫との離婚や〈グリッター〉騒動の時を思わせる状況へと転落していく。
やることなすことすべてが、叩かれ、批判され、空回り。2014年10月に日本からワールド・ツアーがスタートした際には、ファンの撮影したライヴ映像をもとに、本国メディアやゴシップ・サイトが中傷祭りを展開した。アルバムは軒並み高評価を得ていたものの、当然ながらセールスに悪影響を及ぼし、またもやキャリアはどん底かと……。だが、しかし、そんなことで挫ける彼女ではなかった。
今年に入ってマライアはすぐさまギアを入れ替え、ラスヴェガスに進出することを発表し、全米No.1ヒットばかりで構成された〈#1 To Infinity〉と題される定期公演を5月からスタート。レコード会社を古巣ソニー傘下のエピックへと移籍して、新曲“Infinity”を含むベスト・アルバム『#1 To Infinity』をリリースしたばかりだ。〈ラスヴェガス進出〉と聞くと、かつてのように都落ちのイメージも持っている人も多いかもしれないが、最近では状況もずいぶん変わってきた。クラブではカルヴィン・ハリスやアフロジャックがレジデントDJを務め、ブリトニー・スピアーズやジェニファー・ロペスが定期公演を行なっている。ツアーと違って移動のない定期公演は、幼い子を持つマライアのようなアーティストにはありがたいに違いない。しかもここ2枚のオリジナル作では、キャリアを総括するかのようなベーシックに戻った作風が顕著となっていただけに、ここで一旦キャリア全体を振り返っておくのは、彼女自身の現在のモードともピッタリ一致するはずだ。
実は傷つきやすい天使で、鳥のようにはなかなか自由になれず、蝶のように勇気を持って羽ばたけない――そんな負の要素をたっぷり持っていると自覚しているからこそ、マライアは〈もっと輝きたい〉と常に上をめざすのだろうか。乱高下を繰り返しているだけに、もはや最高も最低も受け入れる覚悟はできているに違いない。25年以上ものキャリアを第一線で築いてきた彼女のこと、そこからの這い上がり方も心得ているはずだ。
それにいつだって歌がある。最終的には、彼女には歌がある。決して弱音を吐かないし、常に綺麗に着飾っているけれど、酸いも甘いも、美も醜も、快楽も苦痛も、すべての人生体験が、彼女の歌のなかには落とし込まれている。見かけとは裏腹に、偽りのない素の姿、スッピンで歌い込むのがマライア・キャリーという歌姫だ。その情熱がある限り、彼女は歌のなかで羽ばたき続け、これからも僕らの琴線に触れ続けてくれるだろう。
別掲の作品ガイドで〈#1〉と記しているのはいわゆる全米1位(全米HOT100)のことであって、それはそのままこちらの最新ベスト・アルバムの収録曲にもなっているわけだ(それはラスヴェガスで行う定期公演のセットということでもある)。つまり、R&Bやクラブなど別部門のチャートや海外での成績は含んでいないのだが、本作にも唯一の新曲として素晴らしい“Infinity”があるように、心の#1は各々が見つけられるはず。本作と併せて20年分の名唱も聴き込んでほしい。 *出嶌孝次
*本文はbounceの298号(2008年5月号)で掲載の〈PEOPLE TREE:マライア・キャリー〉からうっすら続いています。アーカイヴ〈http://tower.jp/article/feature/2008/05/01/100036078〉